2012年12月、欧州理事会と欧州議会は、以下で構成される、いわゆる「単一特許パッケージ」を承認しました。
- 単一特許(およびこれに付随する翻訳制度)の新設
- 統一特許裁判所の創設
欧州単一特許 (EUP)は、欧州特許庁が付与する欧州特許であり、全参加国に渡る「単一的な効力」を有します。欧州連合商標や欧州共同体意匠のように、単一かつ不可分な権利です。統一特許裁判所 (UPC)は、新しい単一特許を含めた欧州特許をめぐる訴訟について、集中的な紛争解決機関を参加国に提供します。
UPCは、原則としてUPC協定の発効から3ヶ月後に、欧州の特許出願人に対してその門戸を開放し、EUPも利用可能となります。ただし、これがいつになるのか今のところはっきりしていません。
英国は2018年4月にUPC協定を批准しました。しかしながら、英国政府は、UPCへの参加を望まないことを表明しました。UPCへの参加はEU法が適用されることになり、これは、英国が欧州連合から離脱した(「Brexit」)後にCJEUの管轄から独立するという政府の目的に反することとなるからです。ロンドンが中央部裁判所の1つとして協定に明記されていることから、この表明により、協定自体に問題が生じます。
英国の不参加は、単一特許制度の魅力を低下させることから、制度自体の先行きも不透明なものとなっています。
Brexitの影響が不確実であったことに加え、ドイツ連邦憲法裁判所ではUPC法制に関する未解決な法的問題もあり、UPC協定が発効する前提条件であるドイツによる同協定の批准が遅れています。
このページでは、欧州単一特許と統一特許裁判所が最終的に現実のものとなるのであれば、その時にどのように機能する予定であるかについて説明します。詳細については、私共までお問い合わせください。
地理的な適用範囲
UPCと単一特許の対象国
現在のEU加盟国28ヶ国のうち、25ヶ国が統一特許裁判所および欧州単一特許制度への参加に同意しました。以下がその参加国です。
オーストリア | ドイツ | オランダ |
ベルギー | ギリシャ | ポルトガル |
ブルガリア | ハンガリー | ルーマニア |
キプロス | アイルランド | スロバキア |
チェコ | イタリア | スロベニア |
デンマーク | ラトビア | スウェーデン |
エストニア | リトアニア | (英国) |
フィンランド | ルクセンブルク | |
フランス | マルタ |
上述のとおり、英国は、欧州連合を離脱し、UPCへの不参加を表明しました。
スペインは、単一特許パッケージにまだ署名していません。原則として、同国はいつでも参加できますが、現在のところその可能性は低いと考えられています。ポーランドは、単一特許パッケージを承認した当初のEU決定に賛同していましたが、実際にはUPC協定に署名しませんでした。原則として、同国はいつでも参加できますが、この制度が実際に施行された後でないと参加しないという意向を表明しています。クロアチアは、本協定締結後の2013年7月1日にEUに加盟しており、まだ署名していませんが、最終的には署名するとみられています。
単一特許は、これを申請した時点でUPC協定も批准している上記の参加国すべてを対象とします。これらの国々は、協定締約国と呼ばれます。統一特許裁判所による決定は、協定締約国における単一特許および旧来の欧州特許に影響が及びます(ただし、以下に述べるとおり、オプトアウトした場合を除く)。
2019年初めの時点で、UPC協定を批准した国は以下のとおりです。これらの国に加え、ドイツが、UPC協定を発効させ、UPC協定が発効した時点で単一特許の対象となるためにこれを批准しなければなりません。
オーストリア | ラトビア |
ベルギー | リトアニア |
ブルガリア | ルクセンブルク |
デンマーク | マルタ |
エストニア | オランダ |
フィンランド | ポルトガル |
フランス | スウェーデン |
イタリア | (英国) |
欧州特許条約締約国の取り扱い
欧州特許条約(EPC)締約国であるがEUに属さない国(例えば、スイスおよびノルウェー)は、単一特許や統一特許裁判所の下に入ることはできません。欧州特許庁が付与した欧州特許は、これらの国々に依然として適用されますが、現在と同様に、欧州特許のそれぞれについて、これらの国々で個別に有効化し、維持し、権利行使する必要があります。
単一特許について
欧州単一特許を取得するにはどうするか
欧州特許出願は、通常どおり欧州特許庁に出願することになります。
特許が付与された段階で、出願人は、得られる欧州特許について協定締約国において「単一的な効力」を発生させるか否かを選択することができます。単一特許の申請は、特許公報発行の1ヶ月前までにしなければなりません。この申請に、公的な手数料はかかりません。
すでに付与された欧州特許を単一特許に転換することはできません。
単一特許に代わる保護措置として、これまでと同様に、協定締約国のいずれでも個別に有効化することが可能です。EUPが申請された場合でも、UPC協定を(その時点で)批准していない国については、個別に有効化する必要があります。
単一特許にかかる費用
欧州特許庁における欧州特許出願の出願と審査の費用は、現在と同じになります。
単一特許の更新手数料は、欧州特許庁によって設定されています(詳細はここを参照)。更新手数料の水準は、1ヶ国あたりの平均更新手数料のおおよそ4倍になるよう意図されています。したがって、通常2〜3ヶ国のみで(例えば、英国、フランス、およびドイツ)欧州特許を有効化する出願人にとっては、単一特許は料金に見合う価値がないかもしれません。
移行期間中は、欧州単一特許の全文を少なくとも1つの他言語に翻訳する必要があり、これにより費用が増加します。ただし、長期的には機械翻訳によりEUの全言語で特許が自動的に利用可能になると想定されており、EUPを取得するために特許権者が翻訳文を提出する必要はなくなるでしょう。移行期間は、機械翻訳の品質がこの目的に十分適うとみなされるまで続き、最長で12年間となっています。
単一特許を選択した場合の長所と短所
単一特許の主な長所と短所を比較すると、以下のとおりです。
長所 |
短所 |
通常ロンドン協定の適用外にある協定締約国のうち少なくとも1ヶ国で有効化している場合、翻訳の必要性および移行期間(最長12年間)における費用が減少する可能性がある。 |
通常ロンドン協定の締約国内のみで有効化している場合、翻訳の必要性および移行期間における費用が増加する可能性がある。 |
Google翻訳が十分正確であるとみなされ移行期間が終了した後には、翻訳の必要性と 費用が減少する。 |
通常3ヶ国のみで有効化している場合、更新手数料が増加する可能性がある。 |
協定締約国の4ヶ国以上で通常有効化している場合、更新手数料が減少する可能性がある。 |
単一特許の申請時点で批准していないEU加盟国(スペイン等)は対象外。 |
ドイツおよびフランスを含む |
EUに加盟していないEPC締約国は対象外。したがって、これらの国々については、以前と同様に有効化する必要がある。 |
単一特許は、常にUPCの裁判管轄下に属することになる。 |
UPCの管轄下からオプトアウトすることはできない。 |
協定締約国に所在する、中小企業、自然人、非営利団体、大学、および公的研究機関は、翻訳費用の軽減措置を利用できる。 |
特許の有効期間中、更新費用を削減するためとして、協定締約国の一部のみを放棄することができない。 |
統一特許裁判所について
統一特許裁判所の目的
現在、欧州特許は原則として効力を及ぼす国ごとに訴訟を起こされなければなりません。例えば、特定の欧州特許の有効性または侵害に関するフランスの裁判所による決定は、ドイツにおいては効力がありません。このような「並行的な」訴訟は、当事者にとって費用増になり、異なる国の裁判所の間で一貫性のない判決が時折下されており、望ましいことではありません。
統一特許裁判所制度に参加する旨署名した国々はすべて、欧州特許に関する裁判管轄権および補完的保護証明(Supplementary Protection Certificate (SPC))を、国内の裁判所から単一の集中化した裁判所に移譲することに同意しています。
これによって、欧州特許の侵害や有効性に関する決定は単一の裁判所で行なわれ、参加国すべてにおいて有効となることから、並行的な訴訟の件数が減り、法律上の確実性が高まるものと考えられます。
統一特許裁判所が取り扱う訴訟
欧州単一特許が関係する訴訟は、すべて新設の統一特許裁判所で執り行われます。
協定締約国内において、同裁判所は、上記に加え、「旧来の」欧州特許(すなわち、単一的な効力を伴わないもの)の侵害および有効性に関する事項、ならびにこれらの特許に対して付与された補完的保護証明(SPC)に関する事項について決定する専属的管轄権を有します。
したがって、協定が完全に発効した時点で、例えば欧州(フランス)特許の取消訴訟は、フランスの裁判所ではなく統一特許裁判所に提起されることになります。同様に、ドイツにおける欧州特許の侵害訴訟は、統一特許裁判所に提起されることになります。統一特許裁判所の決定は、協定締約国のすべてにわたって適用されます。
ただし、移行期間(当初は7年間で、レビュー結果によっては延長の可能性あり)中については、「旧来の」欧州特許に関して、統一特許裁判所ではなく国内の裁判所に訴訟を提起することも依然として可能です。さらに、移行期間中、欧州特許の保有者は、自らの欧州特許に関する法的手続が国内の裁判所のみに提起できるようにすべく、統一制度から「適用除外とする(オプトアウトする)」ことができます。「オプトアウトした」特許は、特許権者がオプトアウトを撤回しない限り(これはいつでも可能である)、当該特許の有効期間を通して適用除外が継続されます。
したがって、初期段階で統一特許裁判所を避けたいと望む者にとって、以下に示すオプトアウトの手続は非常に重要です。
個々の国の国内裁判所は、国内特許(すなわち、欧州特許庁ではなく各国の特許庁が付与したもの)について引き続き裁判管轄権を有します。
統一特許裁判所の所在地
第一審裁判所は、(協定締約国が設ける予定の)地方および地域の「部」(Division)、ならびに中央部(Central Division)に分かれます。基本的に、中央部が有効性に関するほとんどの事案を扱い、侵害訴訟は基本的に地方部で行われます。
中央部は、パリ(物理および材料が訴訟対象の場合)、およびミュンヘン(機械および工学が訴訟対象の場合)に置かれる予定です。現状の協定では、中央部はロンドン(生命科学および化学が訴訟対象の場合)にも置かれると明記されていますが、英国がUPC制度に参加しない場合には、変更が必要となるでしょう。
統一特許裁判所の控訴裁判所は、ルクセンブルクに置かれる予定です。
オプトアウト手続のしくみ
すべての欧州特許は、特許権者が「オプトアウト」しない限り、発効した時点で自動的にUPCの裁判管轄下に置かれます。
したがって、すべての特許権者には、それぞれの欧州特許について2つの選択肢があります。
- 何もしない(したがって、自動的にUPCの裁判管轄下に置かれる)。
- UPCの適用除外とする(オプトアウト)。
オプトアウト手続には以下の特徴があります。
- オプトアウト手続は、UPCが発効してから最初の7年間(5年後のレビューの結果により最大14年まで延長可)のみ利用できる。
- オプトアウト手続は、オンライン事案管理システムを介して管理される。
- オプトアウトは、オプトアウトが撤回されない限り(以下を参照)、欧州特許の有効期間中継続する。
- 係属中の欧州特許出願について、オプトアウトを登録することも可能であり、この場合、将来付与される欧州特許に対し、付与された時点でオプトアウトが自動的に適用される。
- UPCが発効するまでの間、「サンライズ」期間が設けられ、特許権者は、UPC協定が発効する日から始まるものとしてオプトアウトを予め申し出ることができる。
- UPCにおける法的手続の対象となった特許は、その時点からオプトアウト不可となる。
- オプトアウトの撤回(すなわち、その特許をUPCの裁判管轄権の下に置くこと)は、いつでも可能である。
- ただし、2回目として(オプトアウトを撤回した後に)「オプトアウト」することはできない。
- 複数の特許を一回の申請でオプトアウトすること(「一括」オプトアウト)は可能だが、その詳細は未確認である。
- オプトアウトに公的な手数料はかからない。
最終的にUPCは、欧州特許庁が付与した、協定締約国におけるすべての特許(単一特許と旧来の欧州特許の両方)について裁判管轄権を持つということは留意しておくべきです。これが最も早く起こる時点は、UPCが発効してから7年後です。その後、UPCを回避する唯一の方法は、国内特許(例えば、フランスやドイツ)を出願することになります。
統一特許裁判所を使う長所と短所
統一特許裁判所の主な長所と短所を比較すると、以下のとおりです。
長所 | 短所 |
「欧州」の権利侵害に対して、単一の訴訟で対応(「汎欧州」的な行為差し止め命令の発行を含む)。 |
新しく未検証な制度であるため、手続が最適化されるまでに数件の事案が必要になる可能性があり、判例法が確立されるまでには数年かかる可能性もある。そのため、最初の数年間は、法的手続での勝訴の確率や可能性の高い結果を予測することは困難となろう。 |
裁判所には、ヨーロッパ各地からの経験豊富な知的財産の裁判官らが揃うことになる。 |
欧州特許庁での異議申立期間が経過した後でも、集中化した取消訴訟が可能。 |
特許権者は、早いうちから裁判所にて経験を積める。 |
法的手続における分離審理(すなわち、侵害と有効性を別々に決定する)が可能であるため、費用が高くなり、有効性と侵害についてクレーム解釈がそれぞれ異なる可能性が生じる。クレーム解釈が分かれるリスクを最小限に抑えるため、書面による手続が完了した後にのみ分離審理が発生する。 |
特許権者が他に先んじて判例法を形成できる可能性がある。特に、欧州の国内裁判所において現在自己に不利となっている法の論点において、影響力を及ぼす可能性がある。 |
いわゆるフォーラム・ショッピングのリスク。すなわち、異なる地方部や地域部で、クレーム解釈と実体法について異なるアプローチが取られるリスクがある。したがって、一部の地方部や地域部が他の部より、例えば、特許権者にとって有利であると受け止められ、フォーラム・ショッピングにつながる可能性がある。統一裁判所の部の間の差異を最小化するためにも、控訴裁判所が有効に機能する必要が出てこよう。 |
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既存の欧州特許は、UPCの管轄下に入っても「EUP」(欧州単一特許)にはならない。 。 |
ここに記載する情報は単純化されたものであり、法律やその実務に関する断定的な記述と受け止められるべきものではない。