欧州における医薬発明特許の有効化戦略

欧州特許出願は,欧州特許条約締約国の国内出願の束である。出願人は,欧州特許庁から特許付与予定の通知を受領したら,有効化手続を取る必要があり,どの締約国で有効化するかを決めなければならない。出願人にとって,どの締約国で有効化すべきかは重要且つ難しい問題である。有効化すべき締約国を決定する要因は様々である。本稿では,医薬発明特許の有効化の傾向について,全技術分野の有効化の傾向と比較し,さらに医薬発明特許の有効化国を決定すると考えられる要因と併せて分析する。かかる要因の一部は,医薬分野のみならず他の技術分野の欧州特許出願にも共通するものであるから,他の技術分野の欧州特許出願人にとっても有益な情報といえよう。また,技術分野に関係なく,欧州特許出願人に有益な有効化対策も説明する。

目 次

1.  はじめに

2. データについて

3. 全技術分野の有効化の傾向

4. 医薬発明特許の有効化に影響を与え得る要因

4.1 人口要因および経済要因

4.2 相対的なコスト

4.3 実施およびその他の考慮事項

5. 医薬発明特許の有効化の傾向

5.1 全体的な傾向

5.2 大手製薬会社の傾向

6. 有効化に備えて出願人ができること

6.1 出願係属中の有効化戦略

6.2 特許付与予定通知応答前の有効化戦略

7. おわりに

1. はじめに

欧州特許の付与は,出願人の目指すところではあるが,そこがゴールではなく,特許付与予定の通知(欧州特許条約規則71(3)に基づく通知)の受領後は,多数の欧州特許条約(EPC)締約国のうちどの国で特許保護を求めるべきか意思決定を行う必要がある。

欧州特許出願は,実際はEPC締約国の国内出願の束である。欧州特許庁から特許付与予定の通知を受領したら,各締約国における特許取得および維持の要否を決める必要がある。このプロセスは,有効化(validation)と呼ばれる。有効化の要件は,締約国毎に異なる。出願人にとっては,全締約国での有効化が理想かもしれないが,コストの面から全締約国を網羅する有効化は現実的ではない。

欧州特許代理人として,「特許をどの国で有効化するべきか?」という質問を多くの出願人から受ける。特に,開発に多くの時間と費用を投資する製薬会社にとって,自身の特許をどの国で有効化するかは重要な問題である。

残念ながら,すべての特許に共通する答えというのはなく,答えは,どうしても「場合による」となる。考慮するべき様々な要因があり,各要因の重要度は状況によって異なるからである。出願人から受ける別の質問は,「同業他社はどうしているのか?」である。同業他社の動向は,意思決定プロセスの一部として有用だからである。

本稿では,公開されているデータを用いて,全体的な有効化の傾向を確認し,次に,有効化国が比較的多いとされる製薬会社の医薬特許について,有効化の傾向をいくつかの要因のデータと共に掘り下げて分析し,製薬会社からのよくある質問「欧州特許権者が最も一般的に選ぶ有効化国はどこか?」に対し,特に以下の点について回答する。

  • 医薬発明特許について,分布は同じであるか?
  • 上位製薬会社はどの国で有効化することを選んでいるか?
  • どのような要因が有効化国の選択に影響を及ぼす可能性があるか?

2. データについて

本稿に示すデータは,公開されているデータベースおよびレポートから取得したものである。欧州特許庁は,国別の官庁によって提供された情報に基づいて各締約国において有効化された特許の総数を公開している。

今回の分析に際し,2018年に付与された特許を分析対象として選択した。 2018年を選択した理由は,2018年に付与された特許が有効化国が全て確定している最新の年だからである。一部の国では,特許権が設定登録され,登録原簿に登録されるために特許出願人からの積極的な手続は必要ない。したがって,そのような国の登録原簿には,特許出願人が必ずしも有効化を求めない特許権も登録され得る。これらの国の登録原簿に登録された特許権のうち真に特許出願人が有効化を希望したことが明確になるのは,国別官庁に最初の更新手数料が納付された時点である。2019年または2020年に付与された特許については,更新手数料の追納が認められている期間にある特許も含まれるため,最初の更新手数料の納付の有無が未確定のものが含まれる。

国際特許分類(IPC)に基づいて欧州特許登録簿(European Patent Register1))を検索し,2018年に付与された医薬分野(A61P:化合物または医薬製剤の特殊な治療活性)の特許を抽出した。 3,600件を超える同分野の特許が2018年に付与された。これらの特許を特許権者毎に選別し,世界の製薬会社上位10社に付与された特許を抽出し,また,無作為にも抽出してすべての製薬会社の特許全般についての有効化の傾向を確認した。無作為抽出は,付与された医薬発明特許のリストをまずランダムに割り当てた番号順に並べ,次に最初の10%を代サンプルとして選択した。

世界の製薬会社上位10社は,フィアースファーマ(Fierce Pharma)によって提供された2019年ランキング(収益による)に基づいて選抜した2)。

日本の製薬会社上位5社は,日本経済新聞によって提供された2021年ランキング(2021年4月9日時点の売上高による)に基づいて選抜した3)。

有効化情報は,欧州特許登録簿によって提供される統合データベース(Federated Register)から取得した。これを手作業でチェックし,各締約国のステータス情報をサンプリングした特許毎に照合した。

個々の締約国の登録簿は,チェックしなかった。なお,いくつかの締約国は,統合データベースに情報を提供していない。これらには後述する図中で注釈を付け,データは省略した。図に示す各グラフの縦軸は特許件数である。読者には,件数そのものではなく,傾向に注目してもらいたいことから,縦軸に目盛やラベルを付していない。

人口統計に関するデータは,ユーロスタット(Eurostat4))から取得した。医療費支出に関するデータは,世界保健機関グローバル医療費支出データベース(World Health Organization Global Health Expenditure Database5))から取得した。

相対的なコストは,筆者自身の経験に基づくものであり,おおよその指針を提供することを意図している。

3. 全技術分野の有効化の傾向

EPOは,2018年に各締約国で有効化された,欧州特許(すべての主題分野にわたる)の数についての統計数値を公表している。これらのデータを表1に示す。

これらの数字は,EPOから直接取得したものであり,その年に各有効化国において登録された欧州特許の総数を示している。しかしながら,前章で説明したとおり,一部の締約国(表1中の*が付された国)では有効化のための手続が必要ない。したがって,特許付与の前有効化が明示的に取り下げられない限り,欧州特許は,その付与日にそれらの国において自動的に有効になる。その結果,これらの国についての統計数値は人為的に高くなり,特許権者の選択が正確に反映されていない。これらの特許のうちの多くは,実際は,最初の更新日に失効する。

全技術分野において,欧州特許が有効化される国の平均数は,全38締約国中約5ヶ国に過ぎない。最も人気がある有効化国は,英国,フランスおよびドイツである。

それでも,「自動的に」有効化される国を除外すれば(図1参照),オーストリア,イタリア,スペインおよびオランダが最も人気のある「第2の」選択肢と考えられていることが分かる。

表1 各EPC締約国の有効化件数

表1 各EPC締約国の有効化件数

*有効化の手続きが不要な国

図1 有効化手続が不要な締約国以外のEPC締約国の有効化件数(2018年)

図1 有効化手続が不要な締約国以外のEPC締約国の有効化件数(2018年)

4. 医薬発明特許の有効化に影響を与え得る要因

いずれの技術分野の特許であっても,どの国で有効化するかを決定する上で重要な基準は,特許発明の実施に際し,どの国に最大の市場がある可能性が高いかということである。

医薬発明の場合,治療する医学的適応症に応じて国の総人口だけでなく年齢分布,ライフスタイルおよびその他の要因にも依存する潜在的な患者人口を評価することが必要である。関連する別の基準は,各国における平均医療費支出である可能性がある。

そこで,医薬発明特許の有効化に影響を与えると考えられる人口,経済およびコスト,ならびにその他の要因について,以下に説明および検討する。

4.1 人口要因および経済要因

医薬品分野の特許のうち,臨床分野のリード化合物を包含する可能性のある特許の場合,全締約国で有効化する戦略を採る。しかし,より低価値の特許の場合,それほど意欲的でない戦略が適切なことがある。

一部の国では有効化するが他の国では有効化しないという考えは,「スイスチーズ」アプローチと呼ばれることもある。目的は,特許の全体的な有効性を大幅に低下させることなくコストを削減することである。

通常は医薬品の場合のように,潜在的に競合する可能性のある製品が規制当局の承認を得るために高コストな試験を必要とする場合,競合他社は,十分な国(「チーズ」)において主な関連市場のすべてが特許の有効化によって保護されていれば,一部の「穴」が保護されずに残されていても,高コストな試験を行うこと(すなわち,そもそも市場に入ること)を思いとどまることがある。

例えば,一人あたりの医療費支出が2,000米ドルより大きなEPC締結国の合計人口はおよそ4億300万人である(表2参照)。この市場の80%を5ヶ国(ドイツ,フランス,英国,スペインおよびイタリア)で有効化された特許のみでカバーすることが可能である。これらの国よりは市場規模が小さいいくつかの国(例えばアイルランド,ベルギー,スイス)は,ごくわずかな追加費用で有効化することができる。これらの国とオランダを追加すれば,市場全体の包含率は90%をはるかに超えることになる。

表2 欧州特許条約締約国の人口および医療費

表2 欧州特許条約締約国の人口および医療費

残りの国において競合他社(例えばジェネリック医薬品メーカー)が競合製品を上市することは,経済的でないだろう。残り10%を保護するには,次節で説明するとおり有効化のためにクレームや明細書の翻訳が必要な場合があり,有効化の全体的なコストが大幅に増加する。

この種の戦略では,EPC締約国以外の主要な市場の保護も念頭において,グローバルに見て試験のコストに見合うことを確認する必要がある。

4.2 相対的なコスト

有効化には,時に高額な費用が必要となる。必然的に,資金が潤沢でない出願人にとって,有効化に必要なコストは,特許を有効化する範囲と場所を決定する主要な要因である。各締約国における有効化にかかるコストは,翻訳の要否,また,各国特許庁が要求する手続および手数料によって異なる。

ロンドン協定は,複数の締約国における有効化の手間と費用を大幅に削減した。この協定の調印国は,有効化におけるすべてまたはほとんどの翻訳の要件を撤廃することに同意した。一部のロンドン協定国にとって,有効化は,基本的に自動的であり,正式な手順や翻訳はまったく必要ない。他のロンドン協定国は,クレームのみの翻訳を要求する場合がある。

他方,非ロンドン協定国における有効化は,はるかに面倒になることがあり,クレームのみならず明細書をその国の公用語に翻訳する必要があり,これによりコストが大幅に増加する。

大まかな比較のために,頁で英語10,000ワード,20クレームおよび10図面を含む欧州特許の有効化に必要なコストの概算について,架空の見積を作成した。この見積に基づいて,国別の有効化コストを4つのグループに分けたものを表3に示す。なお,この見積は,大まかな比較のために作成されたものであり,読者はこの見積から実案件のコストを予想すべきではない。

表3 有効化にかかるコスト

表3 有効化にかかるコスト

*キプロスはギリシャ語の翻訳文の提出も可能であることから,ギリシャも有効化すると仮定

特定の締約国に有効化するためのコストだけでなく長期的なコスト(維持コスト)も考慮する必要がある。すべてのEPC締約国において,特許を有効に維持するために有効化の後に年次更新手数料を支払う必要があり,これらの手数料の額は様々である。しかし,維持コストの変動は特許の存続期間の終わりに向かってより大きくなる傾向があるため,重要ではあるものの,有効化の決定に際し有効化そのもののコストほどの大きな要因ではない。

4.3 実施およびその他の考慮事項

本稿執筆の時点では,出願時の束から発生した各特許権に対し,各有効化国の国内裁判所において個別に訴訟を行わなければならない。したがって,限られた数の国のみにおいて有効化することを選択する場合,実施の容易さおよび可能性が要因となることがある。現実的に実施が難しすぎる,遅すぎる,費用がかかりすぎる,または不確実すぎる国において特許を取得することにほとんど意味はないといえる。しかし,欧州特許に関する侵害および無効訴訟を審理する中央機関化された裁判所(統一特許裁判所)の設立が現実になる日が近づいており,同裁判所での決定は統一特許裁判所制度に参加するすべての欧州連合(EU)国に拘束力を持つことになる。

欧州での特許訴訟において,最も重要な管轄区域は,ドイツおよび英国であり,フランスおよびオランダがこれに続く。これらの国における裁判所制度の利用は,経験ある特許裁判官の下で手続が行われることを保証し,これらの裁判所が毎年多数の特許事件を受理する。一部の裁判所は,特許権者に有利な制度を設けている。例えば,オランダの裁判所は,過去に自らが国境を越えた差止命令を認めることを厭わないことを示しており,フランスにおいては,侵害訴訟を始めるためにセジーコントルファソン(saisie-contrefaçon)と呼ばれる予備手続が一般的に使用され,侵害者と思われる者に圧力をかけるための強力なツールとなっている。

多くの国が価格管理を行う医薬品については,並行輸入(商品の自由移動)のリスクが有効化戦略にどの程度影響を及ぼすかについてもよく質問を受ける。驚くかもしれないが,「それほど大きくはない」というのが答えである。欧州司法裁判所(CJEU)の消尽の原理の下では,権利保有者によってまたは権利保有者の同意によってある製品が欧州経済領域(EEA)において上市されると,特許が保有されている場所に関わりなくその製品をEEA内の他の国に輸入することができる。一方,EEA諸国への第三者(例えばジェネリック)製品の輸入は,特許が保有されていない別のEEAの諸国でそれが製造されたものであっても,その国における関連特許によって防止することができる。

5. 医薬発明特許の有効化の傾向

5.1 全体的な傾向

2018年に付与された医薬発明特許のデータ分析から,同分野におけるいくつかの一般的な有効化のパターンを推定することができる。図2に分析結果を示す。

予測されるように,有効化はすべてのEPC締約国にわたり行われている。最も多く有効化されているのはやはり主要国である英国,フランスおよびドイツであり,イタリアおよびスペインでも多数有効化されているが,前述の各データでは規模が小さいといえる国も,規模に比例することなく,有効化件数では遅れを取っていない。

スイスおよび北欧諸国の人気は,医療費支出上位を反映している。

製薬会社大手のアストラゼネカの存在も,スウェーデンで見られる比較的多数の有効化に寄与している可能性がある。同様に,スイスの数字にも大手ヘルスケア会社ロシュの存在が影響しているかもしれない。

アイルランドは,人口は少ないものの,一人あたりの医療費支出が多く,強力な地元の製薬産業を有し,有効化するのが比較的安価な国である。オランダとベルギーも有効化に関して比較的安価な選択肢(両国ともロンドン協定の一部である)であり,一人あたりの医療費支出が多額である。オーストリアは,有効化するのに費用のかかる国の一つであるが,人口がかなり多く,一人あたりの医療費支出が高いことから恩恵を受けており,保護する価値のある市場になる可能性がある。

図2 製薬会社の特許有効化の傾向(2018年)

注:AL,CY,DK,HU,IS,LVについてはデータなし

図2 製薬会社の特許有効化の傾向(2018年)

医療費支出が比較的低く,有効化のコストが高いにも関わらず,トルコは,人口が非常に多く,経済が成長し,地理的に戦略的な位置にあるため,人気のある有効化国である。

5.2 大手製薬会社の傾向

(1) 世界トップ10の製薬会社

薬の開発には,初期段階の研究から臨床試験を経て販売に至るまでに巨額の投資が必要であり,特許権などの独占権は,製薬会社にとって不可欠である。この事実を考えれば,比較的潤沢な資力を有し,早期にジェネリック競合のあらゆる可能なリスクを最小限に抑えることにやぶさかでない最大手の製薬会社は,すべての可能な管轄区域において常に有効化すると思いがちである。

これは確かに,大手製薬会社,特に承認された薬や臨床候補に特に関連する特許にとって,非常に一般的な戦略である。しかし,それほど重要ではない場合には,より少ない国が選択される場合がある。

そこで,世界の製薬会社上位10社6)に付与された特許を調査した。これら10社は,2018年に300を超える医薬発明特許の付与を受けた。

図3に示す10社の傾向は,図2に示した英国,フランスおよびドイツをトップ3とし,イタリア,スペインおよびスイスを第2の選択肢群とする全体的な傾向と広義に似ている(ここでもスイスは間違いなくトップ10の一角としてのロシュの貢献によって押し上げられている)。しかし,もっと意欲的かつコスト高の戦略を採用する大手製薬会社の能力を反映して,図3の下半分は,これら10社の特許のうち大きな割合がより多数の国で有効化されていることを示す。

図3 世界の製薬会社上位10社の有効化国

注:AL,CY,DK,HU,IS,LVについてはデータなし

図3 世界の製薬会社上位10社の有効化国

(2) 日本トップ5の製薬会社

日本の製薬会社上位5社はすべて世界の製薬会社上位35社にランクインしており,合わせて売上高7兆6,657億円である7)。

世界の製薬会社上位10社と同様に,2018年にこれら5社に付与された69の医薬発明特許について同様に分析した。

図4に示す5社の傾向は,英国,フランスおよびドイツをトップ3とし,イタリア,スペインおよびスイスを第2の選択肢群とする世界の製薬会社上位10社と同じである。ただし,世界の製薬会社上位10社と比較すると,グラフの下の部分は,同10社の特許よりもはるかに大きな割合がより多数の国で有効化されていることを示す。これは,世界の製薬会社上位10社のサンプル数が300を超えていたのに対し,日本の製薬会社上位5社のサンプル数がはるかに少なかったことが原因である可能性がある。

図4 日本の製薬会社上位5社の有効化国

注:AL,CY,DK,HU,IS,LVについてはデータなし

図4 日本の製薬会社上位5社の有効化国

6. 有効化に備えて出願人ができること

6.1 出願係属中の有効化戦略

多くの場合,有効化国の選択は,特許出願が許可されて初めて検討されるであろう。多くの企業にとって,潤沢な資力または確立された有効化決定プロセスのどちらかを有する場合,これは,多くの場合,優れたアプローチである。

しかし,予算が厳しくなったり,将来の計画が不確実になったり,または資金がまだ十分でない場合,出願係属中の早い段階において有効化について考えることは,非常に有益になり得る。

例えば,欧州特許出願明細書は,通常,クレームへの変更を反映するために許可される前に補正される。通常,出願人は,出願時の明細書の記載すべてをなんらかの形で維持しようとする。しかし,これにより翻訳コストが高くなる可能性がある。翻訳を必要とする国で広く有効化することを想定している場合,より広範な明細書の記載の削除をお勧めする。

別の価値あるアプローチは,クレームおよび明細書を特定のリード化合物に限定し,付与の前に分割出願を行う。その後,この限定がなされた出願を広範に有効化し,欧州全体で市販される可能性のある製品を保護する。分割出願で
は,より広い一般的な「マーカッシュ」クレームでの権利化を目指し,最終的に主要な管轄区域でのみ有効化する。

6.2 特許付与予定通知応答前の有効化戦略

欧州特許が正式に付与されたら,有効化の形式手続(それらに伴う必要な翻訳コストの発生)が必然的に続く。後で有効化する国を追加することはできない。所望の有効化のすべてをほぼ同時に実行し(かつ支払いをし)なければならない。EPOにおいて特許付与予定が通知される時期を予想するのは難しく,そのため有効化に必要なコストについて事前に正確に予算を組むことは難しい場合がある。

しかし,特許付与予定の通知(欧州特許条約規則71(3)に基づく通知)を受領し,付与手続を開始してもなお,必要に応じて,例えば有効化コストを次の会計年度にずらすために付与手続を遅らせることができる。

これを行う最も簡単な方法は,「手続の続行(further processing)」手続を利用することである。特許付与予定の通知への回答の期限を延長することはできないが,この手続を用いておよそ3ヶ月の実質的な延長を得ることが可能である。効果的な別の戦術は,特許付与予定の通知を受け取った後に明細書への補正または訂正を要求することである。この段階での補正は審査官の裁量にゆだねられるが,クレームまたは明細書中の自明な誤記の訂正などの理に適った要求は,通常許可される。提案された補正が認められると,新たな特許付与予定の通知が発行され,新たな4ヶ月の応答期間が設定される。

7. おわりに

本稿の冒頭で述べたとおり,「特許をどの国で有効化するべきか?」という質問に対し,すべての特許に共通する答えというのはない。しかしながら,権利化された特許の実施またはそれによる競合他社へのけん制のために欧州特許出願をどの締約国で有効化するかを検討する際は,本稿で詳述した医薬発明特許のように,様々な要因を考慮すると,自ずと答えが導き出されるであろう。

また,有効化のタイミングは,残念ながら欧州特許出願人が決定できるものではないが,第6章で説明したアプローチや,本稿では説明していないが,早期審査制度の利用等により,出願人自らがタイミングを多少変更することも可能である。これについては,欧州代理人に相談するとアドバイスを得ることができるだろう。

本稿は,医薬発明特許の有効化戦略に焦点を当てたが,他の技術分野の特許の有効化戦略にも共通するものがある。本稿が,医薬発明特許について欧州で権利化を目指す出願人はもちろんのこと,欧州で権利化を目指すすべての特許出願人の有効化戦略の参考になれば幸いである。

Julie Carlisle - Author Circle

Julie Carlisle

Julie specialises in the drafting and prosecution of patent applications with a particular emphasis on both organic and pharmaceutical chemistry. She has extensive experience of advising on infringement and validity issues, in particular providing Freedom-to-Operate searches and opinions. She also represents clients in EPO opposition proceedings and provides general advice to intellectual property, including international portfolio management, IP strategy and IP litigation.

Email: julie.carlisle@mewburn.com