そう単純ではない - 欧州特許庁における合金発明の特許権利化における課題

合金に関する特許は、欧州特許条約(EPC)下で長年、特に合金発明のクレームの明確性の評価に関して特有の課題をもたらしてきた。明確性は、EPC84に基づき評価されるところ、同条は単に「クレームは明確かつ簡潔で、明細書によって裏付けられなければならない」と規定している。この規定は、体裁良くまとめられているが、合金に関しては、欧州特許庁(EPO)において厳格に適用される合金特有の審査実務を生み出しており、他の国・地域での権利化を第一に念頭に置いて準備された出願はしばしば困難を強いられる。 

合金とは、少なくとも1種の金属元素を含む元素の混合物である。合金はわずかな組成変化にも極めて敏感であり、その相や特性が劇的に変化する可能性がある。鋼はその典型例であり、わずか数パーセントのクロムを添加することで、単なる炭素鋼が、耐食性が根本的に異なるステンレス鋼へと変貌する。

このように組成に敏感であるゆえに、以下のような「オープンな(開放型の)」表現を用いたクレーム

元素XYZを含む合金

は、合金の組成物に任意の数の追加元素が存在することを暗黙に許容するため、発明の中核的性質を示さない合金を包含する可能性がある。

したがって、欧州特許庁(EPO)は、明確であるためには合金の組成物クレームは「 クローズド(閉鎖型)」でなければならないという、明文化はされていないが常に適用される規則を確立した。これは、クレームが(少なくとも一般的な用語で)その構成要素をすべて特定し、意味のある技術的効果を持つ未特定要素がクレームの範囲に含まれないようにしなければならないことを意味する。

では、これは合金クレームの実務においてどのような意味を持つのか?欧州の特許実務は時と共に進化してきたが、同分野の判例により、EPOにおける合金クレームの作成と審査を手引きする3つの実務的原則が形成されてきた。

 

(1) EPOにおいて合金発明をクレームする際、「~を含む」という純粋に開放型の表現(オープンクレーム)は許容されない

以下のような形式の合金クレーム:

元素XYZを含む合金。

は、ほぼ確実に明確性欠如の拒絶理由を受ける。問題は、「~を含む」という文言自体ではなく、閉鎖型であることを示す要素が欠如している点にある。組成物がその他どのような構成からなるのかを特定する仕組みがないため、このクレームは、無制限の追加の元素を無制限の量で認めることになる。合金の特性は、本質的に組成と結びついているため、EPOは、このようなクレームが必須の技術的特徴を欠いていると判断する可能性が高い。

 

(2) 残部の記載「…を含み/からなり、残部は[金属](および不純物)である」は認められる

多くの欧州特許弁理士が採用する実用的な回避策は、残部の記載によって組成物を限定することである。例えば:

XYを含み、残部はZである合金。

欧州特許庁(EPO)審判部および審査官は、残部が特定されている場合、クレームの導入部の文言に「~を含む」または「~からなる」のいずれが使用されていても、組成物は本質的に閉鎖されていることを認めている。これは、欧州特許庁審判部の審決T 1563/10において、「欧州特許庁の実務によれば、合金クレームにおける[‘…を含み、…残りの質量がCuである’]は‘閉鎖された組成物’を定義し、…さらなる元素の存在を排除する」と認定され、後続の審決T800/12およびT 0107/14でも追認された。

また、一定の不純物含有量を明記する表現の使用も、一般的に認められている。EPOは、大気汚染や原料の純度などの理由から、少なくとも一部の元素について不純物レベルを含まない合金を製造することは現実的に不可能であることを認識している。以下のタイプのクレームの表現も使用可能である:

XYを含み、残部がZおよび避けられない不純物からなる合金。

XYからなり、残部がZおよび通常の不純物である合金。

審査官は通常、この種のクレームの表現を用いる場合、発明の中核が特に超高純度や特定の不純物の限度でない限り、特定の不純物やその含有量の記載を要求しない。ただし、不純物の限度を定義することができる場合には、以下のクレームの表現が適切な選択肢となり、定義するのが望ましい:

XY、…からなり、その他の元素は各々<α、総量<βであり、残部がZである合金。

欧州では、米国などの他の国・地域で一般的な「本質的に~からなる」という準閉鎖型のクレームの表現の使用よりも、「通常の/避けられない不純物」または不純物元素の列挙およびそれらの量を明示的に特定することが強く推奨される。「本質的に~からなる」の使用は、どの添加が許容されるかについての境界線に不確実性を生じさせるため、欧州特許庁(EPO)では拒絶理由となる可能性が高い。

 

(3) 独立クレームは自己完結的でなければならない

欧州特許庁(EPO)は、クレームに「閉鎖型の」文言を使用することを要求するだけでなく、独立クレームが自己完結的であることも要求している。すなわち、組成物(任意要素を含む)は、独立クレーム自体で100%定義されなければならない。

重要な点として、EPOは従属クレームにおいて任意の合金元素を定義することを認めていない。独立クレームに必要な閉じた表現との矛盾が生じるためである。 従属クレームでは、範囲を狭くしたり、サブオプション(例えば特定の不純物の限界値や独立クレームで規定された元素の好ましい範囲など)を特定することは可能だが、クレーム1に存在しない全く新しい構成要素を導入してはならない。すなわち、以下のクレーム構造は欧州特許庁では許容されない:

1. XYを含み、残部がZである合金。

2. さらにWを含む、クレーム1の合金。

代わりに、EPOで許容されるためには、任意の合金元素を独立クレームに明示的に含めるべきである。これらは「任意の」添加物として明示的に記載するか、あるいは添加の量を0%から始まる範囲として提示するか、「X%まで」と記載することができる。例えば、以下のタイプのクレーム構成が使用可能である:

XY、および任意にWを含み、残部がZである合金。

以下(重量%)で構成される合金:

X15

Y0.53

W:最大2

残部はZおよび通常の不純物である。

以下(重量%)で構成される合金:

X15

Y0.53

W:0–2

その他の元素は各々0.05未満、合計0.2未満、残りはZである。

このクレーム構造は、出願人にとっていくつかの課題をもたらす可能性がある。クレームにおいて任意成分として含めるべき合金元素を、明細書を作成する段階で予測する必要があるからである。「その他の元素」に対する上限値を明記することは、この点において有用であり、幅広い微量合金添加物を、一般的な方法でかつ一定の柔軟性をもってカバーすることができる。

また、明細書にクレームで閉鎖的に定義されたな組成物に他の元素が存在し得ることを示唆することで、独立クレームの範囲に疑義を生じさせないよう、注意を払う必要がある。可能であれば、合金の組成を正確かつ一貫して決定する方法に関する試験プロトコルも記載すべきである。

 

組成以外の明確性 微細構造が重要!

合金の特性にとって、組成は重要な要素であるが、その微細構造が大きく影響する場合もある。合金の機械的、磁気的、腐食的、その他の技術的挙動が特定の相分布、結晶粒径、または熱処理による構造に依存する場合、組成のみで合金を定義することは不十分である可能性がある。 欧州特許庁(EPO)は、クレームにおいて発明の本質的特徴を定義する要件(ガイドラインF-IV4.5.2)を満たすため、こうした微細構造的特性をクレームに含めることを要求する場合がある。

したがって、出願書類には、関連する微細構造的特徴と、それらを測定するために使用した方法について明確な記述を含めるべきである。例えば:

ここで、平均粒径はXX µm²からYY µm²の範囲にあり、[測定法]を用いて測定される

このような説明は、パラメータに基づく特徴が客観的に測定可能でありかつ確実に理解されることを保証するのに役立つ。これは、EPOがパラメータに基づく定義に対して厳格なアプローチを取っていることを考慮すると特に重要である(ガイドラインF-IV 4.11)

 

方法(製法)クレームは活用されていない潜在的可能性を提供する

出願人は従来型の製品クレームを優先することが多いが、方法クレームおよび「プロダクトバイプロセス」クレームは、合金分野において貴重な追加的保護を提供し得る。

プロダクトバイプロセスクレームのトピックは複雑になり得るため、その利点と潜在的な落とし穴については、本稿ではなく今後の記事で詳細に検討する。しかしながら、方法クレームには大きな有用性がある。英国をはじめ多くの国・地域では、方法クレームが当該方法から直接得られる製品も保護対象とするためである。これは、閉鎖型の組成物クレームにより組成物を精密に定義することが困難な場合でも、適切に作成された製造・加工方法クレームによって合金の保護を確保できることを意味する。

方法クレームは、合金の組成が最終的な元素含有率ではなく原料の比率によって最も適切に記述される場合に特に有用である。 この状況は、溶解や精錬過程で特定の元素が部分的に失われる製鋼などのプロセスで頻繁に生じる。このような場合、投入原料とその相対量を特定する方法クレームは、発明を明確かつ権利行使可能に定義することができる。

出願人は、熱処理工程や熱機械的処理といった本質的な加工工程を捉える方法クレームも検討すべきである。所望の微細組織や相分布が特定の加工経路から生じる場合、方法クレームは、対応困難な明確性欠如の拒絶理由を招くことなく発明を保護する最も直接的な手段となり得る。

多くの合金発明において、閉鎖型の組成物クレームおよびそれを補完する方法クレームの両方を包含することは、より強固かつ包括的な保護戦略を確保する。

 

まとめ

欧州特許庁(EPO)において合金発明の特許取得を成功させるには、合金の技術的性能を決定する本質的特徴に細心の注意を払う必要がある。複数の国・地域を視野に入れて出願書類を作成する場合、欧州の明確性の要件を満たすためには、特許請求の範囲の大幅な修正がしばしば必要となる。

中心的な要件は、組成物クレームが真に限定されていることを確実にすることである。これには、不純物の用語の慎重な検討、任意の合金添加物の包含、および残部の記載の使用が必要となる。 これらの点を出願書類作成段階で対処することで、欧州における実体審査で頻繁に遭遇する明確性欠如の拒絶理由の多くを回避することができる。

発明が微細構造やその他の組成以外のパラメータにも依存する場合、合金性能に不可欠な全特徴がクレームに反映されるよう、これらも同等の精度で定義すべきである。

方法クレームは、特に発明が閉鎖型の組成物クレームでは完全に定義できない場合に、価値がありながらしばしば活用されていない追加的な保護を提供し得る。したがって、組成物クレームと方法クレームを慎重に組み合わせることで、より強固で商業的に意味のある保護戦略を実現することができる。

これらの要件を早期に予測することで、欧州特許庁(EPO)の厳格な明確性の要件を満たしつつ、合金発明に対して強力かつ商業的に意味のある保護を提供する出願書類を作成することができる。ただし、議論すべき点はまだ多く残されている。今後の記事では、合金発明に関連するその他の要素、特にEPOのサポート要件を満たし、広範かつ権利行使可能なクレームの基盤を提供する合金発明の出願書類作成の最適な手法について考察する。

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イソベル ストーン (Isobel Stone)

ミューバン エリスのパートナー特許弁理士。英国および欧州特許弁理士として実績を積み、機械工学および材料工学分野における幅広い技術的専門知識を有する。知的財産権のライフサイクル全体にわたる業務を手がけており、特許出願書類の作成や特許出願手続に関する豊富な経験に加え、異議申立その他の係争案件にも強い関心を有する。

Email: isobel.stone@mewburn.com 

 

This is a translation of the article “Not just a phase: challenges in patenting alloy inventions at the EPO”.