欧州における非伝統的商標保護制度の活用

要 約

欧州連合では,日本のいわゆる「新しいタイプの商標」が含まれる非伝統的商標が 1996 年から保護対象となっている。日本では,新しいタイプの商標の保護制度が平成 27 年(2015 年)に施行されて 5 年以上が経つ。日本より 20 年近く先駆けて非伝統的商標の保護制度を導入した欧州連合では,様々な登録例と実際の使用例,判例等の蓄積がある。本稿では,非伝統的商標の保護制度を活用して様々な側面から商標を保護する傾向がある製薬会社を例に,登録例と実際の使用例について,また,権利化および権利行使における課題について,実例を用いて解説する。

目次

1. はじめに

2. 製薬会社の非伝統的商標保護制度の活用例と課題

2.1 立体商標

(1) 権利化における課題

(2) 権利行使における課題

2.2 色彩のみからなる商標

(1) 権利化における課題

(2) 権利行使における課題

2.3 音商標,動き商標,マルチメディア商標

(1) 権利化における課題

(2) 権利行使における課題

2.4 位置商標

(1) 権利化における課題

(2) 権利行使における課題

3. おわりに

1. はじめに

欧州におけるいわゆる非伝統的商標とは,一般的に,単語を含む商標,ロゴマーク,ロゴ以外のあらゆるタイプの商標を指す。すなわち,欧州連合(EU)および英国では,形状,色彩,音,動作,位置,ホログラム,模様を保護することが可能である。また,上記定義は,匂いや味の商標を除外していない。ただし,(a)保護の対象が明確かつ正確に判断できる方法で登録簿に表示され,(b)一企業の商品またはサービスを他の企業のそれらと区別することができる場合に限られる(欧州連合商標規則第 4 条,英国商標法第1 条(1))。また,Sieckmann 事件により確立された「出願において,標章の表示は,明確で,正確で,自己完結的で,容易にアクセスでき,理解しやすく,耐久性があり,客観的でなければならない」という基準も満たす必要がある。したがって,実際には,匂いや味の商標などのいくつかのタイプの商標は,これらの要件をすべて満たす方法で出願することができないため,現在は登録が認められていない。

日本では,平成 27 年(2015 年)4 月 1 日から新しいタイプの商標登録出願が認められたのに対し,欧州連合では,1996 年から既に非伝統的商標が保護対象となっている。表 1 に,欧州連合および日本における非伝統的商標・新しいタイプの商標の保護制度導入後から現在(調査日:2021 年 8 月 25 日)の登録数をまとめる。欧州連合についてのカッコ内の数字は,現在存続している登録数である。

日本より 20 年近く先駆けて非伝統的商標の保護制度を導入した欧州連合では,様々な登録例と実際の使用例,判例等の蓄積がある。本稿では,非伝統的商標の保護制度を活用して様々な側面から商標を保護する傾向がある製薬会社を例に,非伝統的商標のうち,立体商標,色彩のみからなる商標,音商標,動き商標,マルチメディア商標および位置商標の登録例と実際の使用例について,また,権利化および権利行使における課題について,実例を用いて解説する。

表 1 欧州連合および日本での非伝統的商標・新しいタイプの商標の登録状況

表 1 欧州連合および日本での非伝統的商標・

2. 製薬会社の非伝統的商標保護制度の活用例と課題

2.1 立体商標

製品やそのパッケージに特徴的な形状があれば、消費者はその形状から商品やブランドの出所を認識するようになり、従来はブランド名やロゴが担っていた自他商品識別機能や出所表示機能を発揮し、ブランドに大きな価値を与えることができる。形状が象徴的になればなるほど、それが模倣されて混同を生ずるおそれも高くなる。特に、医薬品の混同は、非常に深刻な結果をもたらす可能性がある。そのため、ブリスターパック、錠剤、ボトルなど、ブランドの鍵となる特定の形状を商標登録することにより保護するのは当然のことといえる。

例えば、Novartis社は、抗がん剤glivecのパッケージおよび錠剤自体の形状の両方について商標権を獲得している(図1)。図1右の錠剤はオレンジ色で、その表面にglivecの文字列が刻印されている。図1左のパッケージの正面上部ならびにパッケージ正面に記載の名称、容量、有効成分および錠剤の写真にも、図1右の錠剤と同じオレンジ色が使用されている。

EUTM Registration No. 13244629

EUTM登録第13244629号

EUTM Registration No. 13228937

EUTM登録第13228937号

図1:パッケージおよび錠剤の立体商標登録例

医療機器を立体商標として保護することもある。例えば、Luye Pharma社のEUTM登録第12927935号(図2左)の指定商品は、「医療用および獣医用薬剤および物品、すなわち棒状の医療用インプラント」および「医療用および獣医用機器、すなわち、棒状の医療用インプラントを把持および投与するためのカニューレ装置」である。AstraZeneca社のEUTM登録第5695341号(図2右)の指定商品は、「薬剤」および「医療用および外科用機械器具、吸入器」である。図2左の商標の把持部は黄色で、図2右の商標は白色および緑色から構成されている。

EUTM Registration No. 12927935

EUTM登録第12927935号

EUTM Registration No. 5695341

EUTM登録第5695341号

図2:医療機器の立体商標登録例

なお、これらの商標は、イギリスでも登録されている。

(1) 権利化における課題

欧州において立体商標を権利化しようとする際、主に2つの課題がある。1つ目の課題は、識別性である。消費者は通常、形状を商品の出所を示すものとしてではなく、装飾的または機能的なものと捉えることから、立体商標の形状には識別性がないと認定される可能性がある。

例えば、Abtei Pharma Vertriebs社のEUTM出願番号6093141(図3)は、錠剤の円盤状の形状はありふれたものであり、他の主な特徴である溝は、錠剤を2つ以上に分割することを容易にするという純粋に機能的なものであるという理由で登録されなかった。

EUTM Application No. 6093141

図3:EUTM出願番号6093141

識別性なしという認定を覆すには、使用によって商標が識別性を獲得したことを立証する必要があるが、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があり、これは出願人にとって大きな負担である。

識別性の問題を回避する一つの方法は、追加の特徴的な要素を含めることである。ファイザー社のVIAGRAの「小さな青い錠剤」の形状に関する欧州連合商標登録(図4)および同等の英国商標登録には、青色の錠剤の表面にPfizerの文字列が含まれているため、登録のための識別性獲得の立証は不要であった。一方、ブランド名を含まない同形状のみからなる立体商標にかかる商標登録出願は、登録に至らなかった。

EUTM Registration No. 1909472

図4:EUTM登録第1909472号

このことは、侵害の有無を検討する際に、文字列が重要な要素を占めることを意味している。侵害の争いの対象となる商品が登録された立体商標に含まれるまれる識別力を有する文字列に類似した要素を含んでいない場合、消費者が混同を生ずるおそれはないと考えられる。

2つ目の課題は、特定の形状に関連する異議理由である。欧州連合および英国の商標法には、立体商標に関するいくつかの具体的な規定がある。商標は、(a)商品自体の性質に起因する形状やその他の特徴、(b)技術的な結果を得るために必要な商品の形状やその他の特徴、(c)商品に実質的な価値を与える商品の形状やその他の特徴、のみで構成されている場合には、登録されない。

医薬品の形状は、技術的機能のみで構成されていることを理由とする異議申立に対して特に弱い傾向がある。ノバルティス社は2012年10月、以下のベージュの円形および灰色がかった白色の背景を含む商標について欧州連合商標登録出願し、2013年3月、「アルツハイマー型認知症の治療のための薬剤」について登録が認められた。

EUTM Registration No. 11293362

図5:EUTM登録第11293362号

この商標登録は、2012年7月まで特許権により保護していた経皮吸収型パッチExelonに対応するものである。活性物質はリバスチグミンである。

登録後まもなく、リバスチグミンを投与するための経皮吸収型パッチの後発医薬品を製造しているSK Chemicals GmbHが登録の取消を請求した。

欧州連合商標庁(EUIPO)は、上記商標の本質的な要素である、パッチの正方形の形状、マークの背景の白いストライプで表現された重なり合う保護プラスチック層、中央の円形領域、中央の円形領域の周囲に配置されたつまみは、いずれも技術的機能を果たすためにデザインされたものであると結論付け、この登録は取り消された。当該決定は、控訴審でも支持された。ノバルティス社は、上記形状に追加の要素を持つ商標登録については未だ所有している。

(2) 権利行使における課題

立体商標にかかる商標権を行使することができる状況は、従来から保護は認められていた商標にかかる商標権よりも限定的であると考えられる。さらに、本来識別力が弱いことを考えると、保護範囲がより限定的であり、権利行使の裏付けとなる証拠の提出が必要になることもある。とは言え、有効に登録されていれば、立体商標は、他の種類の商標と同様に権利行使が可能である。

例えば、2019年1月、EUIPO審判部は、「吸入器」および「喘息および慢性肺疾患の治療に使用される吸入製品」を指定商品とし、図6左に示す明るい茶色・コーヒー色(図6左の暗部および文字列)を特徴とする商標にかかるEUTM登録第9849191号を、「吸入器」を指定商品とするグラクソ・グループの先のハンガリー登録第173643号(図6右)と混同を生ずるおそれがあることを理由に登録無効とした。

EUTM Registration No. 9849191

EUTM登録第9849191号

Hungarian Registration No. 173643

ハンガリー登録第173643号

図6:登録無効となった商標(左)と先行登録商標(右).

2.2 色彩のみからなる商標

製薬会社は、他業種の企業と同様に商品の出所を表示するために特定の色や色の組み合わせを使用することがあり、特定の色彩の独占権を求める。色彩のみからなる商標は、特定のデザインを有する色彩が付されたロゴとは異なる。

例えば、Verla-Pharm Arzneimittel社は、青色のPantone 313 CVおよび黄色のPantone 121 CVの上下の組合せについて、薬剤を指定商品とする欧州連合商標登録を有する(図7左)。この商標は、同社の製品パッケージ正面に使用されている色の配置に対応していると思われる(図7右、出典:PaulsMart Europe ウェブサイトhttps://www.paulsmarteurope.com/magnesium-verla-n-dragees-coated-tablet-200st/German、2021年8月25日アクセス)。

1 EUTM Registration No. 3757267

EUTM登録第3757267号

2 MAGNESIUM VERLA Packaging

Magnesium Verlaのパッケージ

図7:色彩のみからなる商標の登録例(左)およびその使用例(右)

(1) 権利化における課題

色彩のみからなる商標は、色彩自体は商標として機能しないと考えられているため、登録が特に困難な傾向がある。

色彩のみからなる商標に対して異議申立があった場合、使用によって消費者がその色彩を商標として認識するようになったことを立証する必要がある。

例えば、Eli Lilly社は、同社の抗うつ剤「PROZAC」に対応する色彩である柔らかな翡翠色(Shionogi Colour reference 220)および柔らかな金色を帯びたクリーム色(Shionogi Colour reference 83)の組み合わせ(図8左、左の長方形が翡翠色、右の長方形がクリーム色)を欧州連合で登録するために、図8右に示すカプセルがブリスターパックに入っている画像を証拠として提出した。

3 EUTM Registration No. 445270

4 Evidence filed by Eli Lilly and Company at EUIPO

図8:EUTM登録第445270号(左)およびEli Lilly社が提出した証拠の画像(右)

ただし、識別力獲得の立証は容易ではない。2015年、グラクソ・グループは、「喘息および/または慢性閉塞性肺疾患の治療のための薬剤」を指定商品として紫色(パントン2587C)の色彩のみからなる商標登録出願を行った(EUTM出願番号14596951、図9上)。

同商標について、識別力なしの理由による異議申立がなされ、出願人は、パッケージやマーケティング資料のサンプル、販売数、調査の証拠などの使用の証拠を提出した。これらの証拠は当初、識別性獲得の証拠として認められたが、後に複数の第三者が意見書を提出し、この商標登録を認める決定に異議を唱えた結果、最終的にこの出願は登録に至らなかった。

欠陥が指摘された証拠の一例(控訴審判決R1870/2017-1の画像)を図9下に示す。図9下に示された商品には、複数の異なる色合いの紫色が使用されており、上記出願にかかる単色の色彩のみからなる商標に対して一貫性がない。図9下に示された商品は、上記出願にかかる色彩(図9上に示すパントン2587Cで表される紫色)の部分およびそれより薄い紫色の部分の組合せであるか、上記出願にかかる色彩とは異なる紫色の組合せであり、上記出願にかかる色彩のみが使用された商品はない。

5 EUTM Application No. 14596951

Seretide

図9:EUTM出願番号14596951(上)および控訴審で提出された証拠の一例(下)

2020年9月、欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union)の一般裁判所(General Court)は不登録とすべき決定を支持し、グラクソ・グループが、出願にかかる特定の紫色が欧州連合全加盟国において識別性を獲得したことを証明できなかったと認定した。

(2) 権利行使における課題

従来の商標と同様に、色彩のみからなる商標の権利行使は可能であるが、登録された色彩に追加の要素があれば色彩のみからなる商標とは非類似と認定されることから、色彩のみからなる商標について権利行使できる状況は、より限定されると思われる。

例えば、Uni-Pharma Kleon Tsetis, Farmakeutika Ergastiria AVEE社は、2013年に図10に示す商標について薬剤を指定商品とする欧州連合商標登録出願を行った。同商標は、SALOSPIRの黒い文字列、500mgの刻印がされた白い錠剤ならびに白、緑、緑のグラデーションおよび緑のストライプから形成される背景から構成される。

7 EUTM Application No-12351458 (edited)

図10:EUTM出願番号12351458

バイエル社は、自社のASPIRINブランドに関連する、図11に示す色彩の組合せを含む多数の登録商標および未登録商標に基づいて異議申立を行った。図11左の商標は、白、灰色のグラデーション(20%の明るさから80%の暗さ)および緑(Pantone Green C)から構成される。図11右の商標は、緑および白から構成される。

8 EUTM Registration No. 7007008

EUTM登録第7007008号

9 EUTM Registration No. 1814383

EUTM登録第1814383号

図11:バイエル社が先登録商標として示した商標登録の例

異議申立では維持決定が下された。控訴審において、欧州司法裁判所の一般裁判所は、両商標は同じ白色および緑色、さらにこれらの色の水平方向の配置について共通しているが、これら共通の特徴は他の相違点を相殺するほど重要ではないと判断した。特に、図10に示す商標の右側の曲線は、図11左のEUTM登録第7007008号にかかる商標の左側の曲線よりもはるかに強調されており、錠剤の図形は図10に示す商標には存在するが、図11に示す両商標には存在しない。

2.3 音商標、動き商標、マルチメディア商標

音商標は、音または音の組み合わせのみからなる商標である。欧州連合や英国では、音の商標について商標登録出願するにあたり、非伝統的商標の登録が認められた当初は、楽譜のような正確な視覚的表現を用いて音の商標を表現する必要があったが、数年前に改正があり、現在では、音声ファイルの提出も認められている。

例えば、久光製薬株式会社が2002年1月に商標登録出願し、2003年5月に登録されたEUTM登録第2529618号(図12)は、音楽的な表記と記述から構成されている。

EUTM Registration No. 2529618

図12:EUTM登録第2529618号

オーディオファイルを提出して登録された例としては、Merz Pharma社のEUTM登録第018046053号がある。商標は、同社の健康製品「TETESEPT」シリーズに対応する短い音であり、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018046053で視聴することができる。

動き商標は、商標の要素の動きや位置の変化からなる商標である。文字や形状の要素を含むことができ、動きや位置の変化を示すビデオファイルや一連の連続した画像によって表現することができる。

INDENA S.p.A.社は、医薬品、健康食品、化粧品業界向けに植物由来の製品を製造販売するイタリアの企業であり、「phytosome The BIOMIMETIC DELIVERY SYSTEM」なる文字列から粒子が舞い上がる動き商標のEUTM登録第018061460号を有している。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018061460で視聴することができる。

マルチメディア商標とは、動きと音の両方から構成されている商標のことである。マルチメディア商標は、映像と音の両方を含むオーディオビジュアルファイルを提出することによってのみ表現することができる。

ノバルティス社は最近、EUIPOにマルチメディア商標にかかる商標登録出願を開始した。

2020年12月に、第5類の「薬剤」、第10類の「医療器具および吸入器」、第44類の「医療サービス、すなわち医療情報の提供」を指定商品役務とする欧州連合登録出願を行い、EUTM登録第018363080号として登録された。商標は、吸入粉末を含むハードカプセルを含む成人患者の喘息の維持治療薬である「ENERZAIR BREEZHALER」の吸入器の内部動作とカプセルからの吸入粉末の放出を映像および音により表現している。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018363080で視聴することができる。

2021年2月に出願、2021年6月に登録となったEUTM登録第018401505号は、第5類の「薬剤」、第10類の「医療機器および器具;薬用注射器」、第44類の「医療サービス、すなわち医療情報の提供」を指定商品役務とする。商標は、再発型多発性硬化症の治療のための注射剤である「Kesimpta (ofatumumab) 20mg injection」の文字列が時間差で音に合わせて表示されるものである。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018401505で視聴することができる。

(1) 権利化における課題

音、動きおよびマルチメディアの商標は、いずれもSieckmann事件で定められた基準(本稿第1章参照)を満たす必要がある。以前は、音の商標を表現する手段として楽譜のような正確な視覚的表現しか認められていなかったことから、音、動作およびこれらの組み合わせを十分に明確かつ正確に表現することは困難であり、上記基準を満たさないことを理由とする異議申立がみられた。しかし、音声ファイルや動画ファイルが認められる現在では、上記基準を満たさないことを理由とする異議申立を防ぐことが非常に容易になっている。

現在、異議申立理由の第1位は、商標として機能するのに十分な特徴がないという理由である。これは、音が単純な音の短い組み合わせであったり、動作が単純なアニメーションを伴う基本的な幾何学的形状であったりする場合に該当する。

例えば、EUIPOは、ジングル(番組や画面の切り替わりなどを伝える短い音楽)のような短い音の連続は、広告で一般的に使用されており、消費者に商品の出所に関する明確な情報を提供するものではないとして、2014年に出願されたバイエル社の音商標にかかるEUTM出願番号012674958(https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/012674958より視聴可能)の登録を認めなかった。

より最近の例としては、EUIPOは、2019年に第10類の「医療目的の体外診断用検査のための分析器、医療・診断目的の実験室装置、医療目的の前分析・後分析処理のための装置」および第9類の商品を指定商品とするRoche Diagnostics社の音商標にかかるEUTM出願番号018026121(https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018026121より視聴可能)の登録を認めなかった。EUIPOは、たった3つの音からなるこの音は、特に電子機器の分野で通常使用されるタイプの音列であるため、消費者の注意を引く可能性は低いことを理由としている。

上記2.1(1)で説明したとおり、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があることから、識別力獲得の立証は容易ではない。

(2) 権利行使における課題

音、動きおよびマルチメディアの商標も、従来の商標や他の非伝統的商標と同様に権利行使が可能である。例えば、第三者が自身のマーケティングに登録商標と同じ音を使用することを防ぐことが可能である。また、商標に特徴的な文言やロゴが含まれる場合、他の関連する権利と組み合わせることで、同一または類似の文言や画像の使用や登録を防ぐことが可能である。

欧州では、音商標、動き商標またはマルチメディア商標の登録に基づき他の商標の使用や登録を阻止した例はほとんどない。製薬会社の例ではないが、2011年にスロベニアの控訴裁判所が、「MANPOWER」という言葉を含む文字やロゴマークと、「MANPOWER」という言葉とメロディーを組み合わせた音商標の先行登録商標(図13)との間に、混同の可能性があると判断した例がある。この結果、音商標の出願は一部却下された。

Slovenian Registration No. 200670361

図13:スロベニア商標登録第200670361号

ただし、上記例の先行登録商標が使用や登録を阻止することができる範囲は、おそらく限定的であろう。混同の可能性があるためには、音や動きが登録商標と非常に似ていなければならないと考えられる。

2.4 位置商標

位置商標とは、商品に要素を配置するまたは付す位置が特定される商標のことである。位置商標を商標登録出願する際、願書には、商標の位置および商品に対するその大きさや割合を明確に定義する必要がある。

一例として、STADA Arzneimittel AG 社の EUTM登録第018172864号(図14左)は、パッケージにピンクのコーナーデザイン(パッケージ正面左上、左側面右上および平面左下)と STADA ロゴ(パッケージ正面右下)の位置を示した位置商標である。これらの要素は、図14右(出典:STADA Arzneimittel AG のウェブサイトhttps://www.stada.com/products/consumer-health-products/cough-cold/grippostad)のように、同社の多くの製品に一貫して使用されている。

EUTM Registration No. 018172864

EUTM登録第7007008号

Image from stada.com

Grippostadのパッケージ

図14:位置商標の登録例(左)およびその使用例(右)

別の例として、Gilead Sciences社は、ボトル上に位置する要素の配置と色にかかる位置商標について、「医薬品製剤;抗ウイルス性の医薬品製剤;コロナウイルスの治療のための医薬品製剤」を指定商品とする3つのEUTM登録を所有している(図15)。例えば、EUTM登録第018285553号(図15左)には、「この商標は、商品のパッケージとして使用される上のキャップに使用される赤および灰色と、灰色の「GILEAD」なる文字列の左に、黒および白で陰影をつけた盾と葉のデザインを配置したものである」という商標の詳細な説明がある。また、「破線や点線で示されたものは、商標の一部ではなく、商標の位置および配置を示すためだけのものである」と説明している。EUTM登録第018310852号(図15中央)は、キャップの色が青および灰色であり、盾と葉のデザインが赤であること、EUTM登録第018310855号(図15右)は、キャップの色が青および灰色であり、盾と葉のデザインおよび「GILEAD」なる文字列がなく、白の「AmBisome」なる文字列があることが、EUTM登録第018285553号(図15左)とは異なる。

EUTM Registration No. 018285553

EUTM登録第018285553号

EUTM Registration No. 018310852

EUTM登録第018310852号

EUTM Registration No. 018310855

EUTM登録第018310855号

図15:Gilead Sciences社の3つの位置商標の登録例

(1) 権利化における課題

欧州連合および英国で位置商標の登録が認められるためには、位置商標がSieckmann事件で定められた基準(本稿第1章参照)を満たす必要がある。位置商標の主要な要素が単なる装飾的なものに見える場合、その商標に識別力があると認められる可能性は低い。

例えば、2020年1月、イタリアのALFASIGMA S.p.A.社が薬剤を指定商品とする図16に示す位置商標にかかる商標登録出願(EUTM出願番号018178498)を行ったところ、製品の出所に関する情報を直ちに消費者に伝えることができないという理由で登録が認められなかった。EUIPOは、消費者は、箱の下部に描かれた、藤色およびカーキ色を交互に配した台形のデザインの構成が、単に所有者がその製品のために採用した新しい美的モチーフであると考える可能性があると述べている。

EUTM Application No. 018178498

図16:EUTM出願番号018178498

一方、図14左に示す商標が登録されたSTADA Arzneimittel社 は、ピンクのコーナーデザインのみからなる位置商標(図17)を別途出願したところ、欧州連合の多く加盟国および英国で、当該位置商標が識別力を獲得していないという理由で異議申立がなされた。現在、EUIPOで審理中である。

EUTM Application No. 018131247

図17:EUTM出願番号 018131247

上記2.1(1)で説明したとおり、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があることから、識別力獲得の立証は容易ではない。

(2) 権利行使における課題

上述の例のとおり、製薬会社は自社製品のパッケージについて、位置商標による保護を求める例はあるが、競合他社によるある特定の位置商標の使用や登録を防ぐことを明確な目的として位置商標の登録を行った例はほとんどない。一方、製薬業界以外では、例えば、位置商標がより多く利用される靴業界では確立された判例法がある。

一例として、2018年、欧州司法裁判所の一般裁判所は、事件番号T629/16(Shoe Branding Europe BVBA v EUIPO - adidas AG)において、図18左に示す靴に描かれた2本の平行線からなる位置商標にかかる出願(EUTM出願番号8398141)について、アディダス社が所有する靴に描かれた3本の平行線からなる図形商標(図18右)にかかるEUTM登録第3517646号の名声を不当に利用するおそれがあるという理由で登録を認めなかったEUIPO審判部の審決を支持する判決を下した。

EUTM Application No. 8398141

EUTM出願番号8398141    

EUTM Registration No. 3517646

EUTM登録第3517646号

図18:先登録商標(右)およびその名声を不当に利用するおそれがあるという理由で登録が認められなかった位置商標にかかる出願(左)の例

別の例として、Fernando Ruz Gutierrez(個人)は、靴の位置商標にかかるEUTM登録第017473621号(図19左)と混同のおそれがあることを理由として異議申立てを行い、EUTM登録第017837014号(図19中央、黒線で囲まれた中はピンク)および第017883036号(図19右)の両方の一部取消に成功した。

EUTM Registration No. 017473621

EUTM登録第017473621号

EUTM Registration No. 017837014

EUTM登録第017837014号    

EUTM Registration No. 017883036EUTM登録第017883036号

図19:先登録商標(左)と混同のおそれがあるとして異議申立で一部取消決定となった登録商標(中央および右)

上記2例は、全体的な表現が非常に類似している場合(アディダス事件のように)も、後のマークが抽象的に類似したデザインである場合も、位置商標は他のタイプの商標と類似していると認定され得ることを示している。

なお、上記2例は、後発の商標と先発の商標が共に同じ業界、すなわち靴業界であったことは注目に値する。位置商標の類否の判断基準は、他のタイプの商標のものと同じであるが、類似性の低い商品役務を指定商品役務とする後発の商標に対して権利行使することは、より困難になる可能性がある。

3. まとめ

非伝統的商標には、各タイプ特有の権利化の難しさや権利行使の難しさがある。しかしながら、商品の形状、パッケージ、広告を多角的に保護し、ブランド力を高めるために、非伝統的商標の保護制度は利用価値があるといえる。

本稿では、製薬会社の商標を例に、欧州における立体商標、色彩のみからなる商標、音商標、動き商標、マルチメディア商標および位置商標について解説したが、欧州連合および英国では、表1に示したように、他にもホログラム商標や模様商標が認められている。

第1章で述べたとおり、理論的には、欧州連合や英国で商標登録出願することができる商標の種類に制限はない。実際、過去には、匂いや味にかかる商標登録出願がされたことがある。

2000年、The Aromacology Patch Co. Ltd.社は、第5類の「貼付用パッチ、貼付用粘着性パッチ」を含むさまざまな商品を指定商品とする「バニラの匂い」という匂いにかかる欧州連合商標登録出願(EUTM出願番号001807353)を行った。同社は、バニラの香りのするパッチの特許権者であり、欧州でそのような商品の唯一の提供者であると主張したが、EUIPOがインターネットで検索したところ、健康、減量、アロマテラピー用など、バニラの香りがするパッチの例が5,400件以上見つかった。EUIPOは、この商標は、出願人の商品と他企業の商品とを区別することができないと判断し、出願を拒絶した。

同年、Eli Lilly and Company社は、「薬剤」を指定商品とした味の商標「人工的なストロベリーフレーバーの味」にかかる欧州連合商標登録出願(EUTM出願番号001452853)を行った。この出願は、市場には多くの人工的なストロベリーフレーバーの医薬品があるという理由で、EUIPOによって却下された。また、味は特定の製品を選択する際の要因となり得るものの、単に口当たりを良くするためのものであり、商品の出所を示すものではない。

第1章で説明したように、匂い、味、触覚の商標は、欧州知的財産庁および英国知的財産庁が規定する方法で表現することができないことから、現在、欧州連合および英国では登録不可となっているのが現実である。日本では、新しいタイプの商標の保護制度を導入する際に先に同様の制度が導入されている国や地域を参考に保護対象を決定した結果、欧州と同様に、現在は匂い、味、触覚の商標は保護対象となっていない。ただし、技術は常に進歩していることから、匂い、味、触覚の商標が欧州知的財産庁および英国知的財産庁が規定する方法で表現できるようになれば、欧州でもこれらの商標の登録が可能となるかもしれない。日本特許庁も、現時点では保護対象となっていない商標の追加は、国際的な動向や国内企業のニーズをみて検討するとしており、保護に完全に否定的というわけではない。現在保護対象となっていない非伝統的・新しいタイプの商標が将来保護対象となるかどうか、今後も注視していきたい。

This blog was originally published in the Japan Patent Attorneys Association, Vol. 75, No. 2, pp. 50-59 (2022).

Rebecca Anderson-Smith - Author Circle

Rebecca Anderson-Smith

Rebecca is a Partner and Chartered Trade Mark Attorney at Mewburn Ellis. She handles all aspects of trade mark work, with a particular focus on managing large trade mark portfolios, devising international filing and enforcement strategies, and negotiating settlements in trade mark disputes. Rebecca has extensive experience of trade mark opposition, revocation and invalidity proceedings before the UK Intellectual Property Office (UKIPO), including very complex evidence based cases. Rebecca also has a strong track record in overcoming objections raised to trade mark applications.

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Satoe Takeda Author Circle

Satoe Takeda

Satoe prosecutes patent applications at the EPO for international (mainly Japanese) clients, principally in the chemistry field. She’s involved in both offensive and defensive oppositions. Satoe also has skills in patents under the Japanese Patent Law, in trade marks under the Japanese Trade Mark Law and Madrid Protocol systems, and in designs under the Japanese Design Law. She is a key member of the Japanese business development team.

Email: satoe.takeda@mewburn.com