2.1 立体商標
製品やそのパッケージに特徴的な形状があれば、消費者はその形状から商品やブランドの出所を認識するようになり、従来はブランド名やロゴが担っていた自他商品識別機能や出所表示機能を発揮し、ブランドに大きな価値を与えることができる。形状が象徴的になればなるほど、それが模倣されて混同を生ずるおそれも高くなる。特に、医薬品の混同は、非常に深刻な結果をもたらす可能性がある。そのため、ブリスターパック、錠剤、ボトルなど、ブランドの鍵となる特定の形状を商標登録することにより保護するのは当然のことといえる。
例えば、Novartis社は、抗がん剤glivecのパッケージおよび錠剤自体の形状の両方について商標権を獲得している(図1)。図1右の錠剤はオレンジ色で、その表面にglivecの文字列が刻印されている。図1左のパッケージの正面上部ならびにパッケージ正面に記載の名称、容量、有効成分および錠剤の写真にも、図1右の錠剤と同じオレンジ色が使用されている。

EUTM登録第13244629号

EUTM登録第13228937号
図1:パッケージおよび錠剤の立体商標登録例
医療機器を立体商標として保護することもある。例えば、Luye Pharma社のEUTM登録第12927935号(図2左)の指定商品は、「医療用および獣医用薬剤および物品、すなわち棒状の医療用インプラント」および「医療用および獣医用機器、すなわち、棒状の医療用インプラントを把持および投与するためのカニューレ装置」である。AstraZeneca社のEUTM登録第5695341号(図2右)の指定商品は、「薬剤」および「医療用および外科用機械器具、吸入器」である。図2左の商標の把持部は黄色で、図2右の商標は白色および緑色から構成されている。

EUTM登録第12927935号

EUTM登録第5695341号
図2:医療機器の立体商標登録例
なお、これらの商標は、イギリスでも登録されている。
(1) 権利化における課題
欧州において立体商標を権利化しようとする際、主に2つの課題がある。1つ目の課題は、識別性である。消費者は通常、形状を商品の出所を示すものとしてではなく、装飾的または機能的なものと捉えることから、立体商標の形状には識別性がないと認定される可能性がある。
例えば、Abtei Pharma Vertriebs社のEUTM出願番号6093141(図3)は、錠剤の円盤状の形状はありふれたものであり、他の主な特徴である溝は、錠剤を2つ以上に分割することを容易にするという純粋に機能的なものであるという理由で登録されなかった。

図3:EUTM出願番号6093141
識別性なしという認定を覆すには、使用によって商標が識別性を獲得したことを立証する必要があるが、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があり、これは出願人にとって大きな負担である。
識別性の問題を回避する一つの方法は、追加の特徴的な要素を含めることである。ファイザー社のVIAGRAの「小さな青い錠剤」の形状に関する欧州連合商標登録(図4)および同等の英国商標登録には、青色の錠剤の表面にPfizerの文字列が含まれているため、登録のための識別性獲得の立証は不要であった。一方、ブランド名を含まない同形状のみからなる立体商標にかかる商標登録出願は、登録に至らなかった。

図4:EUTM登録第1909472号
このことは、侵害の有無を検討する際に、文字列が重要な要素を占めることを意味している。侵害の争いの対象となる商品が登録された立体商標に含まれるまれる識別力を有する文字列に類似した要素を含んでいない場合、消費者が混同を生ずるおそれはないと考えられる。
2つ目の課題は、特定の形状に関連する異議理由である。欧州連合および英国の商標法には、立体商標に関するいくつかの具体的な規定がある。商標は、(a)商品自体の性質に起因する形状やその他の特徴、(b)技術的な結果を得るために必要な商品の形状やその他の特徴、(c)商品に実質的な価値を与える商品の形状やその他の特徴、のみで構成されている場合には、登録されない。
医薬品の形状は、技術的機能のみで構成されていることを理由とする異議申立に対して特に弱い傾向がある。ノバルティス社は2012年10月、以下のベージュの円形および灰色がかった白色の背景を含む商標について欧州連合商標登録出願し、2013年3月、「アルツハイマー型認知症の治療のための薬剤」について登録が認められた。

図5:EUTM登録第11293362号
この商標登録は、2012年7月まで特許権により保護していた経皮吸収型パッチExelonに対応するものである。活性物質はリバスチグミンである。
登録後まもなく、リバスチグミンを投与するための経皮吸収型パッチの後発医薬品を製造しているSK Chemicals GmbHが登録の取消を請求した。
欧州連合商標庁(EUIPO)は、上記商標の本質的な要素である、パッチの正方形の形状、マークの背景の白いストライプで表現された重なり合う保護プラスチック層、中央の円形領域、中央の円形領域の周囲に配置されたつまみは、いずれも技術的機能を果たすためにデザインされたものであると結論付け、この登録は取り消された。当該決定は、控訴審でも支持された。ノバルティス社は、上記形状に追加の要素を持つ商標登録については未だ所有している。
(2) 権利行使における課題
立体商標にかかる商標権を行使することができる状況は、従来から保護は認められていた商標にかかる商標権よりも限定的であると考えられる。さらに、本来識別力が弱いことを考えると、保護範囲がより限定的であり、権利行使の裏付けとなる証拠の提出が必要になることもある。とは言え、有効に登録されていれば、立体商標は、他の種類の商標と同様に権利行使が可能である。
例えば、2019年1月、EUIPO審判部は、「吸入器」および「喘息および慢性肺疾患の治療に使用される吸入製品」を指定商品とし、図6左に示す明るい茶色・コーヒー色(図6左の暗部および文字列)を特徴とする商標にかかるEUTM登録第9849191号を、「吸入器」を指定商品とするグラクソ・グループの先のハンガリー登録第173643号(図6右)と混同を生ずるおそれがあることを理由に登録無効とした。

EUTM登録第9849191号

ハンガリー登録第173643号
図6:登録無効となった商標(左)と先行登録商標(右).
2.2 色彩のみからなる商標
製薬会社は、他業種の企業と同様に商品の出所を表示するために特定の色や色の組み合わせを使用することがあり、特定の色彩の独占権を求める。色彩のみからなる商標は、特定のデザインを有する色彩が付されたロゴとは異なる。
例えば、Verla-Pharm Arzneimittel社は、青色のPantone 313 CVおよび黄色のPantone 121 CVの上下の組合せについて、薬剤を指定商品とする欧州連合商標登録を有する(図7左)。この商標は、同社の製品パッケージ正面に使用されている色の配置に対応していると思われる(図7右、出典:PaulsMart Europe ウェブサイトhttps://www.paulsmarteurope.com/magnesium-verla-n-dragees-coated-tablet-200st/German、2021年8月25日アクセス)。

EUTM登録第3757267号

Magnesium Verlaのパッケージ
図7:色彩のみからなる商標の登録例(左)およびその使用例(右)
(1) 権利化における課題
色彩のみからなる商標は、色彩自体は商標として機能しないと考えられているため、登録が特に困難な傾向がある。
色彩のみからなる商標に対して異議申立があった場合、使用によって消費者がその色彩を商標として認識するようになったことを立証する必要がある。
例えば、Eli Lilly社は、同社の抗うつ剤「PROZAC」に対応する色彩である柔らかな翡翠色(Shionogi Colour reference 220)および柔らかな金色を帯びたクリーム色(Shionogi Colour reference 83)の組み合わせ(図8左、左の長方形が翡翠色、右の長方形がクリーム色)を欧州連合で登録するために、図8右に示すカプセルがブリスターパックに入っている画像を証拠として提出した。


図8:EUTM登録第445270号(左)およびEli Lilly社が提出した証拠の画像(右)
ただし、識別力獲得の立証は容易ではない。2015年、グラクソ・グループは、「喘息および/または慢性閉塞性肺疾患の治療のための薬剤」を指定商品として紫色(パントン2587C)の色彩のみからなる商標登録出願を行った(EUTM出願番号14596951、図9上)。
同商標について、識別力なしの理由による異議申立がなされ、出願人は、パッケージやマーケティング資料のサンプル、販売数、調査の証拠などの使用の証拠を提出した。これらの証拠は当初、識別性獲得の証拠として認められたが、後に複数の第三者が意見書を提出し、この商標登録を認める決定に異議を唱えた結果、最終的にこの出願は登録に至らなかった。
欠陥が指摘された証拠の一例(控訴審判決R1870/2017-1の画像)を図9下に示す。図9下に示された商品には、複数の異なる色合いの紫色が使用されており、上記出願にかかる単色の色彩のみからなる商標に対して一貫性がない。図9下に示された商品は、上記出願にかかる色彩(図9上に示すパントン2587Cで表される紫色)の部分およびそれより薄い紫色の部分の組合せであるか、上記出願にかかる色彩とは異なる紫色の組合せであり、上記出願にかかる色彩のみが使用された商品はない。


図9:EUTM出願番号14596951(上)および控訴審で提出された証拠の一例(下)
2020年9月、欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union)の一般裁判所(General Court)は不登録とすべき決定を支持し、グラクソ・グループが、出願にかかる特定の紫色が欧州連合全加盟国において識別性を獲得したことを証明できなかったと認定した。
(2) 権利行使における課題
従来の商標と同様に、色彩のみからなる商標の権利行使は可能であるが、登録された色彩に追加の要素があれば色彩のみからなる商標とは非類似と認定されることから、色彩のみからなる商標について権利行使できる状況は、より限定されると思われる。
例えば、Uni-Pharma Kleon Tsetis, Farmakeutika Ergastiria AVEE社は、2013年に図10に示す商標について薬剤を指定商品とする欧州連合商標登録出願を行った。同商標は、SALOSPIRの黒い文字列、500mgの刻印がされた白い錠剤ならびに白、緑、緑のグラデーションおよび緑のストライプから形成される背景から構成される。
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図10:EUTM出願番号12351458
バイエル社は、自社のASPIRINブランドに関連する、図11に示す色彩の組合せを含む多数の登録商標および未登録商標に基づいて異議申立を行った。図11左の商標は、白、灰色のグラデーション(20%の明るさから80%の暗さ)および緑(Pantone Green C)から構成される。図11右の商標は、緑および白から構成される。

EUTM登録第7007008号

EUTM登録第1814383号
図11:バイエル社が先登録商標として示した商標登録の例
異議申立では維持決定が下された。控訴審において、欧州司法裁判所の一般裁判所は、両商標は同じ白色および緑色、さらにこれらの色の水平方向の配置について共通しているが、これら共通の特徴は他の相違点を相殺するほど重要ではないと判断した。特に、図10に示す商標の右側の曲線は、図11左のEUTM登録第7007008号にかかる商標の左側の曲線よりもはるかに強調されており、錠剤の図形は図10に示す商標には存在するが、図11に示す両商標には存在しない。
2.3 音商標、動き商標、マルチメディア商標
音商標は、音または音の組み合わせのみからなる商標である。欧州連合や英国では、音の商標について商標登録出願するにあたり、非伝統的商標の登録が認められた当初は、楽譜のような正確な視覚的表現を用いて音の商標を表現する必要があったが、数年前に改正があり、現在では、音声ファイルの提出も認められている。
例えば、久光製薬株式会社が2002年1月に商標登録出願し、2003年5月に登録されたEUTM登録第2529618号(図12)は、音楽的な表記と記述から構成されている。

図12:EUTM登録第2529618号
オーディオファイルを提出して登録された例としては、Merz Pharma社のEUTM登録第018046053号がある。商標は、同社の健康製品「TETESEPT」シリーズに対応する短い音であり、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018046053で視聴することができる。
動き商標は、商標の要素の動きや位置の変化からなる商標である。文字や形状の要素を含むことができ、動きや位置の変化を示すビデオファイルや一連の連続した画像によって表現することができる。
INDENA S.p.A.社は、医薬品、健康食品、化粧品業界向けに植物由来の製品を製造販売するイタリアの企業であり、「phytosome The BIOMIMETIC DELIVERY SYSTEM」なる文字列から粒子が舞い上がる動き商標のEUTM登録第018061460号を有している。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018061460で視聴することができる。
マルチメディア商標とは、動きと音の両方から構成されている商標のことである。マルチメディア商標は、映像と音の両方を含むオーディオビジュアルファイルを提出することによってのみ表現することができる。
ノバルティス社は最近、EUIPOにマルチメディア商標にかかる商標登録出願を開始した。
2020年12月に、第5類の「薬剤」、第10類の「医療器具および吸入器」、第44類の「医療サービス、すなわち医療情報の提供」を指定商品役務とする欧州連合登録出願を行い、EUTM登録第018363080号として登録された。商標は、吸入粉末を含むハードカプセルを含む成人患者の喘息の維持治療薬である「ENERZAIR BREEZHALER」の吸入器の内部動作とカプセルからの吸入粉末の放出を映像および音により表現している。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018363080で視聴することができる。
2021年2月に出願、2021年6月に登録となったEUTM登録第018401505号は、第5類の「薬剤」、第10類の「医療機器および器具;薬用注射器」、第44類の「医療サービス、すなわち医療情報の提供」を指定商品役務とする。商標は、再発型多発性硬化症の治療のための注射剤である「Kesimpta (ofatumumab) 20mg injection」の文字列が時間差で音に合わせて表示されるものである。かかる商標は、https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018401505で視聴することができる。
(1) 権利化における課題
音、動きおよびマルチメディアの商標は、いずれもSieckmann事件で定められた基準(本稿第1章参照)を満たす必要がある。以前は、音の商標を表現する手段として楽譜のような正確な視覚的表現しか認められていなかったことから、音、動作およびこれらの組み合わせを十分に明確かつ正確に表現することは困難であり、上記基準を満たさないことを理由とする異議申立がみられた。しかし、音声ファイルや動画ファイルが認められる現在では、上記基準を満たさないことを理由とする異議申立を防ぐことが非常に容易になっている。
現在、異議申立理由の第1位は、商標として機能するのに十分な特徴がないという理由である。これは、音が単純な音の短い組み合わせであったり、動作が単純なアニメーションを伴う基本的な幾何学的形状であったりする場合に該当する。
例えば、EUIPOは、ジングル(番組や画面の切り替わりなどを伝える短い音楽)のような短い音の連続は、広告で一般的に使用されており、消費者に商品の出所に関する明確な情報を提供するものではないとして、2014年に出願されたバイエル社の音商標にかかるEUTM出願番号012674958(https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/012674958より視聴可能)の登録を認めなかった。
より最近の例としては、EUIPOは、2019年に第10類の「医療目的の体外診断用検査のための分析器、医療・診断目的の実験室装置、医療目的の前分析・後分析処理のための装置」および第9類の商品を指定商品とするRoche Diagnostics社の音商標にかかるEUTM出願番号018026121(https://euipo.europa.eu/eSearch/#details/trademarks/018026121より視聴可能)の登録を認めなかった。EUIPOは、たった3つの音からなるこの音は、特に電子機器の分野で通常使用されるタイプの音列であるため、消費者の注意を引く可能性は低いことを理由としている。
上記2.1(1)で説明したとおり、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があることから、識別力獲得の立証は容易ではない。
(2) 権利行使における課題
音、動きおよびマルチメディアの商標も、従来の商標や他の非伝統的商標と同様に権利行使が可能である。例えば、第三者が自身のマーケティングに登録商標と同じ音を使用することを防ぐことが可能である。また、商標に特徴的な文言やロゴが含まれる場合、他の関連する権利と組み合わせることで、同一または類似の文言や画像の使用や登録を防ぐことが可能である。
欧州では、音商標、動き商標またはマルチメディア商標の登録に基づき他の商標の使用や登録を阻止した例はほとんどない。製薬会社の例ではないが、2011年にスロベニアの控訴裁判所が、「MANPOWER」という言葉を含む文字やロゴマークと、「MANPOWER」という言葉とメロディーを組み合わせた音商標の先行登録商標(図13)との間に、混同の可能性があると判断した例がある。この結果、音商標の出願は一部却下された。

図13:スロベニア商標登録第200670361号
ただし、上記例の先行登録商標が使用や登録を阻止することができる範囲は、おそらく限定的であろう。混同の可能性があるためには、音や動きが登録商標と非常に似ていなければならないと考えられる。
2.4 位置商標
位置商標とは、商品に要素を配置するまたは付す位置が特定される商標のことである。位置商標を商標登録出願する際、願書には、商標の位置および商品に対するその大きさや割合を明確に定義する必要がある。
一例として、STADA Arzneimittel AG 社の EUTM登録第018172864号(図14左)は、パッケージにピンクのコーナーデザイン(パッケージ正面左上、左側面右上および平面左下)と STADA ロゴ(パッケージ正面右下)の位置を示した位置商標である。これらの要素は、図14右(出典:STADA Arzneimittel AG のウェブサイトhttps://www.stada.com/products/consumer-health-products/cough-cold/grippostad)のように、同社の多くの製品に一貫して使用されている。

EUTM登録第7007008号

Grippostadのパッケージ
図14:位置商標の登録例(左)およびその使用例(右)
別の例として、Gilead Sciences社は、ボトル上に位置する要素の配置と色にかかる位置商標について、「医薬品製剤;抗ウイルス性の医薬品製剤;コロナウイルスの治療のための医薬品製剤」を指定商品とする3つのEUTM登録を所有している(図15)。例えば、EUTM登録第018285553号(図15左)には、「この商標は、商品のパッケージとして使用される上のキャップに使用される赤および灰色と、灰色の「GILEAD」なる文字列の左に、黒および白で陰影をつけた盾と葉のデザインを配置したものである」という商標の詳細な説明がある。また、「破線や点線で示されたものは、商標の一部ではなく、商標の位置および配置を示すためだけのものである」と説明している。EUTM登録第018310852号(図15中央)は、キャップの色が青および灰色であり、盾と葉のデザインが赤であること、EUTM登録第018310855号(図15右)は、キャップの色が青および灰色であり、盾と葉のデザインおよび「GILEAD」なる文字列がなく、白の「AmBisome」なる文字列があることが、EUTM登録第018285553号(図15左)とは異なる。

EUTM登録第018285553号

EUTM登録第018310852号

EUTM登録第018310855号
図15:Gilead Sciences社の3つの位置商標の登録例
(1) 権利化における課題
欧州連合および英国で位置商標の登録が認められるためには、位置商標がSieckmann事件で定められた基準(本稿第1章参照)を満たす必要がある。位置商標の主要な要素が単なる装飾的なものに見える場合、その商標に識別力があると認められる可能性は低い。
例えば、2020年1月、イタリアのALFASIGMA S.p.A.社が薬剤を指定商品とする図16に示す位置商標にかかる商標登録出願(EUTM出願番号018178498)を行ったところ、製品の出所に関する情報を直ちに消費者に伝えることができないという理由で登録が認められなかった。EUIPOは、消費者は、箱の下部に描かれた、藤色およびカーキ色を交互に配した台形のデザインの構成が、単に所有者がその製品のために採用した新しい美的モチーフであると考える可能性があると述べている。

図16:EUTM出願番号018178498
一方、図14左に示す商標が登録されたSTADA Arzneimittel社 は、ピンクのコーナーデザインのみからなる位置商標(図17)を別途出願したところ、欧州連合の多く加盟国および英国で、当該位置商標が識別力を獲得していないという理由で異議申立がなされた。現在、EUIPOで審理中である。

図17:EUTM出願番号 018131247
上記2.1(1)で説明したとおり、欧州連合商標登録出願の場合には、欧州連合全域で識別力を獲得したことを立証する必要があることから、識別力獲得の立証は容易ではない。
(2) 権利行使における課題
上述の例のとおり、製薬会社は自社製品のパッケージについて、位置商標による保護を求める例はあるが、競合他社によるある特定の位置商標の使用や登録を防ぐことを明確な目的として位置商標の登録を行った例はほとんどない。一方、製薬業界以外では、例えば、位置商標がより多く利用される靴業界では確立された判例法がある。
一例として、2018年、欧州司法裁判所の一般裁判所は、事件番号T629/16(Shoe Branding Europe BVBA v EUIPO - adidas AG)において、図18左に示す靴に描かれた2本の平行線からなる位置商標にかかる出願(EUTM出願番号8398141)について、アディダス社が所有する靴に描かれた3本の平行線からなる図形商標(図18右)にかかるEUTM登録第3517646号の名声を不当に利用するおそれがあるという理由で登録を認めなかったEUIPO審判部の審決を支持する判決を下した。

EUTM出願番号8398141

EUTM登録第3517646号
図18:先登録商標(右)およびその名声を不当に利用するおそれがあるという理由で登録が認められなかった位置商標にかかる出願(左)の例
別の例として、Fernando Ruz Gutierrez(個人)は、靴の位置商標にかかるEUTM登録第017473621号(図19左)と混同のおそれがあることを理由として異議申立てを行い、EUTM登録第017837014号(図19中央、黒線で囲まれた中はピンク)および第017883036号(図19右)の両方の一部取消に成功した。

EUTM登録第017473621号

EUTM登録第017837014号
EUTM登録第017883036号
図19:先登録商標(左)と混同のおそれがあるとして異議申立で一部取消決定となった登録商標(中央および右)
上記2例は、全体的な表現が非常に類似している場合(アディダス事件のように)も、後のマークが抽象的に類似したデザインである場合も、位置商標は他のタイプの商標と類似していると認定され得ることを示している。
なお、上記2例は、後発の商標と先発の商標が共に同じ業界、すなわち靴業界であったことは注目に値する。位置商標の類否の判断基準は、他のタイプの商標のものと同じであるが、類似性の低い商品役務を指定商品役務とする後発の商標に対して権利行使することは、より困難になる可能性がある。