グラフェンの例からみる新材料の発見と特許出願動向

新材料が発見されると、様々な応用が期待されるほど世界中で研究が活発となり、論文や特許出願の数、各国・各機関が投入する予算等にその期待度が表れる。グラフェンは、その強度、熱伝導性および電気伝導性から、世界が注目する材料であり、2004年に英国マンチェスター大学の研究者らが単離に成功して以来、あらゆる技術に応用されてきた。グラフェンは、既存の製品にさまざまな形で取り入れられているだけでなく、新しい可能性も切り開いている。下着からランニングシューズ、電気自動車から宇宙船まで、グラフェンの潜在的な用途は無限であるかのように思えるが、グラフェンの特性を考慮すると、特に開発が進んでいるか今後成長を続けるであろう技術分野がいくつか挙げられる。本稿では、そのような技術分野として、エネルギー貯蔵、複合材料、建設およびエレクトロニクス分野に注目し、これらの技術分野および各技術分野のグリーン発明について、特許出願動向調査を行った。グラフェンのような新材料の特許出願動向ならびにそれに影響を及ぼす様々な要因は、別の新材料が発見された場合に特許出願件数がどのように推移するのかを予測するのに参考になるであろう。

目次

1.  はじめに

2. グラフェン関連特許出願の動向

 2.1  全体的な傾向

    (1)  世界の傾向

    (2)  日本の傾向

 2.2  各技術分野の傾向

    (1)  エネルギー貯蔵分野

    (2)  複合材料分野

    (3)  建設分野

    (4)  エレクトロニクス分野

    (5)  グリーン発明

3. 結論

4. おわりに

1. はじめに

グラフェンとは、炭素原子が結合して六角形の格子構造(ハニカム構造)をとる1原子の厚さのシート状材料である。フィリップ・ラッセル・ウォレスが1947年に発表した、グラファイト(黒鉛)の電子構造を理解するための理論的研究1)が、グラフェン研究の第一歩であるといわれている。1原子の厚さのシートの製造が困難であることから、グラフェンの研究はなかなか進まなかったが、2004 年に英国マンチェスター大学のコンスタンチン・ノボセロフ(Konstantin Novoselov)、アンドレ・ガイム(Andre Geim)らが、グラファイトから粘着テープ(スコッチ(登録商標)テープ)を使ってグラフェンを単離することに成功したことで、グラフェンの応用研究が進んだ。ノボセロフおよびガイムは、グラフェンの物理的特性を研究した功績により、2010 年にノーベル物理学賞を受賞した。

グラフェンは強度、熱伝導性および電気伝導性に優れた材料であり、これらの特性を生かして様々な分野での応用が期待されている。

グラフェンが発見されたマンチェスター大学では、グラフェンの研究開発およびグラフェン関連技術の実用化を目的としたNational Graphene Institute(NGI)が2014年に、Graphene Engineering Innovation Centre (GEIC)が2015 年にそれぞれ開設され、企業や研究機関にグラフェン研究開発およびネットワーク構築の場を提供している2)3)。筆者もGEICを定期的に訪問し、知的財産のアドバイスをしている。欧州連合(European UnionEU))の政府執行機関である欧州委員会(European Commission)は、グラフェンの研究開発を目的とした、22ヶ国の合計約170学術・産業研究グループから構成されるフラグシップGraphene Flagship2013年に立ち上げた4)。日本でも、2009年に国立研究開発法人産業技術総合研究所が、研究機関、行政・支援機関および企業が連携してグラフェンおよびそれに関連する材料を開発・実用化するために、グラフェンコンソーシアムを設立した5)

国内外の機関は、様々なグラフェン関連プロジェクトに多くの予算を投入している。特許庁(日本)が2020 年(令和2年)に公開した技術動向調査報告書によると、2013年頃から各国でグラフェン関連プロジェクトへの支援が増えている6)

各国の知的財産庁もグラフェン関連特許出願の動向に注目している。例えば、英国知的財産庁は、2011年、2013年および2015年に世界のグラフェン関連特許出願動向に関する調査報告書を公開している7)8)9)。特許庁(日本)は、前出の技術動向調査報告書にて、グラフェンに続く二次元材料として、単層または数層化された機能性薄膜の特許出願動向等の調査結果を公開している。

前出の英国知的財産庁による調査報告書によると、「グラフェン」なる用語が用いられた最初の特許出願は、1994 1227日公開のUS 5376450 A(優先日:1991 625日)であるが、同公開公報に記載の発明は、インターカレートグラファイト化合物である。単離されたグラフェンシートが関連する発明(カーボンナノチューブ)の最初の特許出願は、1998911日公開のWO 98/39250 A1(優先日:199737日)である。2000年以降、グラフェン関連特許出願公開件数は、急増している。

2. グラフェン関連特許出願の動向

グラフェンの潜在的な用途は無限であるかのように思えるが、グラフェンの特性を考慮すると、特に開発が進んでいるか今後成長を続けるであろう技術分野がいくつか挙げられる。
筆者は、グラフェンの利用が進むエネルギー貯蔵、複合材料、建設およびエレクトロニクス(導電性インクを含む)分野に注目し、これら4技術分野における、世界および日本のグラフェン関連特許出願の動向を調査した。

また、近年特に気候変動問題に関心が高まっており、グラフェンの気候変動緩和技術への貢献が期待されることから、これら4技術分野において気候変動緩和技術(以下、「グリーン発明」と称する)に関連する特許出願が占める割合についても調査した。


具体的には、表1に示す共同特許分類(Cooperative Patent Classification(CPC))に該当し、発明の名称、要約および特許請求の範囲のいずれかに「グラフェン」を含む2011年から2022年に特許出願公開された特許出願のファミリー数および日本で特許出願公開された特許出願件数を調査した。

表1 調査対象の技術分野のCPC

世界の動向を知るためにファミリー数を採用したのは、発明の数を考えるとき、50ヶ国において特許出願されて特許出願公開された50件と、1ヶ国において特許出願されて特許出願公開された1件とは、同じように扱われるべきだからである。

2.1 全体的な傾向

 (1)世界の傾向

世界のグラフェン関連特許出願公開件数の推移を図1に示す。図1は、グラフェンのような(比較的)新しい技術から予想されることを、ある程度正確に示している。4技術分野すべてにおいて、初期に緩やかではあるが着実な増加が見られ、その後「中間」期において急速に加速し、技術が成熟するにつれて特許出願公開件数は横ばいになっている。

図1 世界の4技術分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

エネルギー貯蔵分野がグラフェン技術革新の恩恵を大きく受けていることは明らかであり、この技術分野で公開された特許出願は、調査対象とした2011年から7年間で10倍以上に増加している。

最も顕著な増加を見せたのは建設分野である。2011年の特許出願公開件数は100件強だったのが、2018年のピーク時には特許出願公開件数がその35倍以上となった。

興味深いことに、2018年から2022年にかけて、いずれの技術分野でも顕著な落ち込みが見られる。最初の数年間は、グラフェン研究が平準化し、2011年から2018年までの急激な増加の後、新たな定常状態に落ち着いたと考えるのが妥当であろう。その後の落ち込みについては、特許出願公開日から逆算した特許出願日あたりの世界情勢(例えば、2021年後半に公開された特許出願は、通常、その約18ヶ月前の2020年前半に出願された)に注目する必要がある。2021年の落ち込みは、2020年の新型コロナウィルス(COVID-19)感染症の世界的大流行の開始時期に重なる。したがって、世界的な景気後退(そして多くの地域では操業停止)が、2020年以降のイノベーションの減少に影響を及ぼしたと考えるのが妥当であろう。その結果、特許出願数が減少し、18ヶ月後の2021年後半には特許出願公開件数が減少することになる。このことは、少なくとも、見かけ上の減速に寄与している可能性がある。

これら4技術分野におけるグリーン発明に着目すると、いずれの技術分野でも増加しており、この増加は特許出願公開の総数と一致していると思われる。近年の気候変動に対する取り組みから考えると、この増加は今後数年間続くと予想される。エネルギー貯蔵分野は、他の3技術分野よりもグリーン発明が占める割合が突出しており、2021年までグリーン発明の特許出願公開が90%を超えている。興味深いのは、各技術分野においてグリーン発明の特許出願が占める割合が、建設分野を除いて実際には若干減少していることである。これは、技術が成熟するにつれて、特許がより具体的になり、より難解な分野が調査されるようになった結果であると考えられる。特にエレクトロニクス分野では、多くの技術革新がバリューチェーンのさらに下にあるデバイスに集中している。環境面で利点があるにもかかわらず、応用に焦点が当たっていないのが現状である。また、この技術分野は、開発サイクルが長く、多額の投資を必要とするため、他の技術分野(建設分野など)よりも初期段階にある。そのため、環境面での利点がすぐには特許出願公開件数として表れないかもしれない。

(2)日本の傾向

日本のグラフェン関連特許出願公開件数の推移を図2に示す。日本においても、世界と一部共通する傾向が見られる。

大きな違いは、急速な増加の時期である。世界では2015年から2018年にかけて急速な増加が見られ、技術が成熟するにつれて特許出願公開件数は横ばいになったのに対し、日本では世界に先駆けて2012年から2013年に大幅な増加を示し、以降は、エネルギー貯蔵分野および建設分野は引き続き増加傾向を示し、複合材料分野およびエレクトロニクス分野は横ばいまたは微増傾向にある。また、日本では、図1で見られた2021年の顕著な落ち込みは見られない。これは、新型コロナウィルス感染症対策の違いにあるかもしれない。

図2 日本の4技術分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

以下に、エネルギー貯蔵、建設、複合材料およびエレクトロニクス分野ならびにグリーン発明の傾向についての筆者の見解を、図1および図2のグラフから各技術分野のデータのみを抽出したグラフ(図3~7)と共に示す。

(1)エネルギー貯蔵分野

グラフェンは、その優れた伝導特性と強度特性から、エネルギー貯蔵分野(主にバッテリーやスーパーキャパシタの電極)のゲームチェンジャーとして注目されてきたが、他の技術分野でもその可能性が高まっている。特許出願公開件数の傾向もこれを裏付けており、エネルギー貯蔵分野は、本稿の調査対象技術分野の中で最も飛躍を遂げた技術分野である。世界での2011年から2018年の比較的安定した増加および日本での2019年以降も続く増加は、この分野への持続的な関心を示している(図3)。

この分野のほぼすべての特許出願が「グリーン発明」に分類されていることは注目に値する。これは単にCPCの決定方法によるものかもしれないが、いずれにせよ、グリーンエネルギー革命に貢献するグラフェンの大きな可能性と、自社製品の環境面での利点をアピールしたいという企業・組織の意欲を示すものである。

図3 エネルギー貯蔵分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

(2)複合材料分野

グラフェンおよびその誘導体は、複合材料にさまざまな特性を付与することができる。主に、さまざまな樹脂と組み合わせて使用することによる、耐久性、柔軟性、難燃性などの望ましい特性の向上が報告されている。また、熱伝導性など、あまり知られていないグラフェンの特性を利用した複合材料もある。グラフェンは、衣料品やマットレスなどの技術に応用され、ここ数年、その用途が拡大している。このため、複合材料分野では、グラフェン関連の特許出願が常に比較的盛んである。日本では、2012年から2013年に急激な増加を見せたのに対し、世界的には、2011年から2015年にかけては一定の増加であったが、その後4年間は急激に増加しており、グラフェンを利用した複合材料とその利用にどのような利点があり、改良が可能かについて新たな関心が集まっていることを示している(図4)。複合材料は、おそらく最も容易に大量生産される消費財に含まれるため、そのような製品の潜在的市場は大きい。オープンで動きの速い市場では、新しいアイデアや改良がすぐに新しいビジネスをもたらすことができる。 

グラフェンを用いた複合材料技術の潜在的な成長分野として、自動車とスポーツ・レジャーが挙げられる。自動車分野では、通常の軽量化だけでなく、せん断特性、疲労性能、減衰性能の向上が求められる用途への利用の可能性がある。スポーツ・レジャー分野では、自転車のリムやフレームの機械的強度の向上や、さまざまなスポーツ用品の耐摩耗性の向上のための利用が期待される。また、航空宇宙分野も成長が見込まれる分野の一つである。機能化されたグラフェンや2Dフィラーを組み込むことで、既存のカーボン/エポキシ材料における銅メッシュの必要性を軽減し、落雷性能を大幅に向上させた次世代の複合材料材料を 作り出すことができる。

図4 複合材料分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

(3)建設分野

建設分野は、世界的に2015年から2018年にかけて特許出願公開が爆発的に増加している。これは、2013年頃から特許出願が急増したことを示している(図5)。2011年から2015年までは、筆者が調査した4技術分野の中で特許出願公開件数が最も少ない技術分野だったが、2017年以降は2位に収まっている。このことは、建設分野がグラフェン技術による強化に適していることを示している。2013年頃までは、このポテンシャルが知られていなかったか、あるいは未開拓であった可能性が高い。大企業が未知の材料の研究開発への投資に積極的ではなかった可能性もある。グラフェンの有用性が明らかになり、建設業界では、技術開発と特許出願が一気に進んだといえる。

建設分野でのグラフェン利用が急増しているのは、この業界の多くの製品が「バルク材」であることも関係しているのではないかと思われる。従来、グラフェンの特性を均一化することは困難であったが、比較的小さなばらつきがバルクスケールではそれほど重要でない業界では、グラフェンを既存技術で展開しても問題がなかった可能性がある。

建設分野の特許公開公報のうち環境保全に役立つと分類されたものは比較的少ない。これは少し意外な結果だが、グラフェンによる材料削減に大きな可能性があることから、これが実現されるにつれて、グリーン発明の傾向も変化していくものと思われる。

図5 建設分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

(4)エレクトロニクス分野

グラフェンに関する初期の研究や議論の多くは、高い導電性、光学的透明性、優れた柔軟性、機械的強度を兼ね備えたグラフェンに焦点が当てられている。したがって、エレクトロニクス分野におけるグラフェン関連の特許出願が相当数あるのは当然といえる。他の技術分野の特許出願公開件数が増加したこともあり、エレクトロニクス分野の特許出願公開件数が際立って多いとはいえないが、初期の数年間は最も(あるいは2番目に)有力な技術分野であった。

世界的に、2011年から2020年にかけて、エレクトロニクス分野の特許出願公開件数は持続的かつ安定的に増加している(図6)。

最近の増加の一部は、グラフェン強化インクのブームによるものと考えられる。グラフェン1枚でも専門的なデバイスは作製できるが、ディスプレイ用の透明導電性電極など、より大量に使用される用途に移行すると、より大きな面積にグラフェンを容易に堆積させる方法が不可欠になる。そのためには、グラフェンベースのインクを用いた印刷が重要な手段となる。印刷は、成熟し洗練された成膜技術であり、エレクトロニクス産業にとって多くの魅力的な機能を備えている。実際、金属やグラファイトベースのインクを用いたエレクトロニクスの印刷は、すでに商業的に利用されている。例えば、印刷によってミクロン単位の高精度なインクの配置と広い面積の高速な被覆(100m/分以上)が可能である。また、グラフィックス印刷で複数の色を印刷するように、印刷によってデバイスの異なる層やコンポーネント(導体、絶縁体、半導体など)を1つのプロセスで被覆することができる。紙、プラスチック、布地など、従来のエレクトロニクス製造には適さないさまざまな材料にも印刷することができる。

さらに、プラズマ官能化によって、さまざまなナノ材料に電気的・熱的特性を付与し、生体用センサー、発熱衣服、電池の電極などに使用する機能性インクを作ることができる。インクは、グラフェンなどの先端材料と他の化学物質を組み合わせて導電性を高め、グルコース管理、尿酸検査、マイクロRNAの検出用バイオマーカーなどの用途に向けた酵素の固定化を実現することができる。

図6 エレクトロニクス分野におけるグラフェン関連特許出願公開件数

グラフェンは、熱伝導性に優れているため、床暖房用の発熱体、フレキシブルで曲げやすい電子機器、ウェアラブル技術など、さまざまな用途に使用する印刷可能なグラフェンインクの製造に適した材料である。

2017年頃、エレクトロニクス分野におけるグラフェンの応用は黎明期を脱し、その後、市場は大きく拡大し、企業が現在、さまざまな用途向けにグラフェンベースのインクを製造・販売している。これは、これらの用途が今後、大きな可能性を秘めていることを示している。

(5)グリーン発明

グラフェンが、より環境的に持続可能な技術の実現に貢献する方法は無数にある。例えば、電気伝導性や熱伝導性などの多くの特性は、既存製品の省エネ特性やエネルギー貯蔵特性を向上させることが可能である。また、耐腐食性や耐摩擦性を高めることで、製品の寿命を延ばすこともできる。さらに、持続可能性に劣る特定の材料を製品から排除したり、その含有量を減らしたりすることもできる。したがって、グラフェンに関連するグリーン発明の公開件数が増加していることは、何ら不思議なことではない。今回調査した4技術分野を見ると、2011年から2018年のピークまで、その数はほぼ10倍に増加している(図7)。持続可能性(およびそれを向上させるグラフェンの役割)が研究開発の焦点となるにつれ、さらなる増加が予想される。

図7 グラフェン関連グリーン発明の特許出願公開件数

エネルギー貯蔵は、これまでグラフェンが「グリーン」ソリューションに貢献してきた主な技術分野であることは明らかだが、他の技術分野でもますます技術革新の機運が高まっている。特に、複合材料とエレクトロニクスは、環境に有益な技術に関連する特許出願公開の割合が高くなっている。この傾向は今後も続くと思われる。これまでのグラフェン関連のグリーン発明は、グラフェンが持続可能性に寄与する可能性のほんの一面に過ぎない。

3. 結論

今回の4技術分野におけるグラフェン関連特許の調査から、グラフェンおよび関連材料を用いた技術革新が大きく進展していることがわかった。グラフェンを利用した製品が次々と市場に出ており、この傾向が続くことは間違いないだろう。また、グリーン発明に関する特許出願が増加していることからもわかるように、グラフェンの持続可能性への貢献は着実に高まっている。これらの傾向は、グラフェンが、単に新しく優れた製品を提供するだけでなく、製品の環境負荷を低減し、さらには過去の環境負荷の一部を回復させることにも貢献できることを示す。

グラフェン分野、あるいはより広範な他の二次元材料に関連する技術でイノベーションを起こす企業にとって、ここで紹介した傾向からいえることは、「競合他社は、多数の知的財産権の獲得に向けて動いている」ということである。このことは、その企業の将来的な知的財産権の取得に影響を及ぼすのみならず、その企業が競合他社の知的財産権を侵害することなく自社の製品を市場に送り出す際に影響を与える可能性がある。したがって、企業は、自社の知的財産権を取得するだけでなく、競合他社の知的財産を認識することが必要である。知的財産戦略について考え、それに基づいて意思決定を開始するのに早すぎるということはない。

4. おわりに

2010年頃、グラフェンはまだ大学の研究室のような限られた場所にしか存在しなかったが、ノーベル賞受賞を機に、グラフェンの可能性に着目した大学が、グラフェン関連の発明の保護に動き出した。しかし、当時は、産業界主導というよりも、大学主導で行われたものであった。この頃が、グラフェン関連特許の「第一波」といえよう。

その後、第1章で紹介したようなグラフェン関連の研究所や団体が創設されると、産業界が主導するようになり、グラフェン関連特許出願件数が大幅に増加した。産業界がより関心を持ち、関与するようになったことで、知的財産を創出しようとする動きが活発化したからである。同時に、グラフェンの製造に関する特許から、さまざまな用途でのグラフェンの利用に関する特許に切り替わった。また、産業界は、もはや「グラフェンとは何か」ではなく、「グラフェンによってどのように製品を改善できるか」を考えるようになった。この頃が、グラフェン関連特許の「第二波」といえよう。

そして、2018年から2019年にかけて、グラフェンの歩みの「第三波」をもたらす転換点の兆しがみえた。この頃までに、人々はグラフェンを製品として使用することによる性能上のメリットを実感していた。そのため、グラフェンを用いた製品のノウハウの重要性が高まり、特許出願と並行して「企業秘密」の保護に乗り出す企業も出てきた。すなわち、企業が競争優位性を得るためにグラフェンを使用していることを公表したくないと考えるようになる移行期が来るかもしれない。この転換期は、グラフェンがもたらす現実的な競争優位性への関心が高まっていることを示しているのかもしれない。

本稿で紹介した特許出願の傾向や上述の複数の波は、別の新材料についても同様に生じ得る。

今後、グラフェン関連特許出願の動向にどのような進展があり、どのような波が押し寄せるのか、引き続き注目していきたい。

MATTHEW SMITH-1-1

Matthew Smith

Matthew is a leading UK and European Patent Attorney working in the fast paced and dynamic field of high-performance materials, nanotechnology, and energy storage solutions.

Mathew’s diverse patent practice spans the realms of chemical and material sciences, and his clients range from multinational corporations to research institutions and university technology transfer departments.  Matthew works with his clients as a trusted advisor, using a collaborative approach to ensure he really understands their goals and ambitions. This enables him to provide strategic guidance tailored to each client's unique needs, designed to maximise their competitive advantage in the global marketplace. 

Matthew is dedicated to empowering clients throughout the innovation lifecycle, from research and development to commercialisation. He frequently engages in educational initiatives, delivering seminars and lectures on European IP practices, thereby enhancing understanding and application of IP strategies across various industries.

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