抄 録 欧州単一効特許(UP)・統一特許裁判所(UPC)制度が2023年6月1日に利用開始となる予定である。両制度が導入されることにより、欧州で特許の権利化を目指す者、権利者および権利行使される者には選択肢が増えることとなる。どのような選択肢が増えるのか、まずは従来の欧州特許制度および欧州における特許関連訴訟制度について簡単に説明した上で、各新制度の特徴を従来の制度との比較を含めて説明した。従来型欧州特許と単一効特許それぞれにかかる有効化および維持費用については、権利化を希望する国を仮定した数例を用いて比較した。裁判所の管轄に影響を与えるオプトアウトについては、利点・欠点や、オプトアウトの時期と裁判所の管轄の関係を含めて説明した。費用や管轄裁判所は、出願人の欧州特許の権利化戦略に特に影響すると考える。
目 次
1. はじめに
2. 単一効特許および統一特許裁判所の概要
2.1 単一効特許および統一特許裁判所とは
2.2 単一効特許および統一特許裁判所の開始および準備期間
3. 欧州特許制度
3.1 従来の欧州特許制度
3.2 単一効特許
4. 欧州における特許関連訴訟
4.1 従来の特許関連訴訟
4.2 統一特許裁判所
4.3 オプトアウト
5. 単一効特許・統一特許裁判所 ― まとめ
6. Brexitの単一効特許・統一特許裁判所への影響
7. おわりに
1. はじめに
欧州単一効特許制度は、欧州連合(EU)の全加盟国をカバーする単一の特許を提供するという野望を実現するものである。1975年、当時の欧州経済共同体(EUの前身)がそのような単一の特許を提供する法律案を作成したが、この法律は結局発効されなかった。それから45年以上が経過し、単一効を有する欧州特許(単一効特許(Unitary Patent (UP)))とそれに関連する統一特許裁判所(Unified Patent Court (UPC))制度を規定する一連の新しい法律が、2023年6月1日に発効する予定である1)。
単一効特許が利用可能になると、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、オーストリア、スウェーデンなど少なくとも17のEU加盟国が単一の不可分の特許でカバーされることになる。出願人は、欧州特許出願が欧州特許庁(EPO)で審査され、特許が付与されると、単一効特許を取得できるようになる。現在係属中の欧州特許出願の出願人は、最終的な付与日が統一特許裁判所協定(Unified Patent Court Agreement ― UPCA、UPC協定と称される)の発効後であれば、単一効特許を取得することができる。
単一効特許は、第一審裁判所であるパリとミュンヘンの「中央部」、第二審裁判所であるルクセンブルクの控訴裁判所を含む新設の統一特許裁判所で権利行使・訴訟されることになる。統一特許裁判所の管轄は、1つ以上のUP/UPC参加国で「有効化」された「従来型」欧州特許にも及ぶことになる。しかし、特許権者は、少なくとも裁判所設立後7年間は、移行期間として、従来型欧州特許を統一特許裁判所の管轄から「オプトアウト」することができるようになる。
2. 単一効特許および統一特許裁判所の概要
2.1 単一効特許および統一特許裁判所とは
単一効特許(UP)は、欧州特許庁(EPO)が付与し、すべてのUP/UPC制度に参加する国で「単一的な効力」を持つ欧州特許である。これは、欧州連合商標(EUTM)や登録共同体意匠(RCD)のように、単一の不可分な権利となる。統一特許裁判所(UPC)は、UP/UPC制度に参加する国において、新しい単一効特許を含む欧州特許の訴訟を集中的に行う場を提供する。
2023年6月1日には、単一効特許が利用できるようになり、統一特許裁判所が開所される予定である。
(1) 地理的範囲
現在、欧州特許条約(EPC)締約国は39ヶ国であり、そのうち27ヶ国がEU加盟国、12ヶ国が非EU加盟国である(表1)。EU加盟国27ヶ国のうち、24ヶ国がUP/UPC制度に参加することに同意している。
ただし、UP/UPC制度利用開始当初に付与される単一効特許は、これら24ヶ国すべてをカバーするわけではない。一部の国はまだ必要な法律を批准していない。
24ヶ国のうち、単一効特許申請時に統一特許裁判所協定(UPC協定)を批准している国が、単一効特許でカバーされる国となる。すでに批准し、制度施行当初からカバーされる国は、表1に「参加」と示した17ヶ国である。表1に「未批准」と示した残りの7ヶ国(以下、「未批准国」と称する)は、単一効特許申請前に批准していれば、単一効特許でカバーされる。以下、単一効特許申請前に批准している国を「参加国」と称する。UP/UPC制度開始当初は、参加国は17ヶ国だが、将来は残りの7ヶ国も順次参加国となる予定である。統一特許裁判所の判決は、単一効特許だけでなく、参加国での従来型欧州特許(すなわち、欧州の特定の国で「従来通り」有効化された欧州特許)にも影響を与える(従来型欧州特許が「オプトアウト」されている場合を除く。オプトアウトについては、4.3節参照)。
スペインとポーランドはEU加盟国ではあるが、UPC協定に署名していない。
クロアチアは2013年7月1日(UPC協定締結後)にEUに加盟したことから、まだUPC協定に署名していないが、いずれ署名すると予想されている。
非EU加盟国であるEPC締約国(例えば、スイス、ノルウェー等。表1参照)は、UP/UPC制度に参加することができない。イギリスもEUを離脱したため、他の非EU加盟国と同様にUP/UPC制度に参加しない。
EPOが付与する欧州特許は、UP/UPC制度に参加しないこれらの国々をカバーしているが、従来通り、それぞれの国で別々に有効化、維持、権利行使する必要がある。
(2) 経済的範囲
2019年の国内総生産(GDP)基準で比較すると、約60%が単一効特許でカバーされる17ヶ国で占められ、未批准の7ヶ国が参加すれば約65%に増える可能性がある(図1)。一方、約40%は単一効特許でカバーされない。例えば、イギリスは約15%を占める。EPC加盟国のうちのGDPトップ5のうち、3ヶ国(ドイツ、フランス、イタリア)が参加国である。
図1 国内総生産が示す単一効特許がカバーする範囲(総GDPに対する%)
2.2 単一効特許および統一特許裁判所の開始および準備期間
本稿執筆時の最新の統一特許裁判所の発表によると、UPC協定は2023年6月1日発効予定である。したがって、UP/UPC制度の利用開始は2023年6月1日の予定であり、2023年3月1日から3ヶ月のサンライズ期間が始まる予定である2)。
サンライズ期間は、統一特許裁判所の管轄を避けるため、既存の欧州特許を早々にオプトアウト(4.3節参照)したい場合や、早々に単一効特許を申請したい場合に重要である(図2)。
図2 UP/UPC制度の利用開始時期(予定)
3. 欧州特許制度
3.1 従来の欧州特許制度
単一効特許の説明に入る前に、従来の欧州特許について簡単に説明する。従来の欧州特許制度の理解なしに、単一効特許制度の実施に伴う変化ならびにメリット・デメリットを理解することはできないからである。
欧州特許制度は、欧州特許条約(EPC)締約国で特許を取得するための手段である。EPC締約国を表1に示す。上述のとおり、EPCは欧州連合(EU)とは別の枠組であり、EPC締約国は必ずしもにEUに加盟している必要はないが、現在のところEU 加盟国は全てEPC締約国でもある。
欧州特許を取得すると、特許権者はEPC締約国各国の国内特許権と同じ効力を享受することができる。出願人は、EPC締約国のどの国で特許保護を求めるかを選択することができる。
欧州特許出願は、欧州特許庁(EPO)に対して行う。出願から特許権付与まで中央集権的にEPOで手続が進行する。
出願の係属を維持するためには、毎年更新手数料を支払う必要があり、最初の更新手数料納付は、欧州特許出願後2年から始まり、以後毎年支払う必要がある。
欧州特許出願が特許付与の要件を満たすと判断されると、EPC規則71(3)に基づく特許付与予定通知が発行される。同通知への応答後、EPOは、特許証を発行し、欧州特許公報に特許付与の詳細を公表する予定であることを通知するものである「特許付与の決定」を発行する。この公表がされる日付が特許付与の有効日となる。
特許の有効化には、特許付与日から3ヶ月以内に、有効化を希望する国においてすべての必要な手続をとる必要がある。手続には、公用語への明細書全文の翻訳文や公用語へのクレームの翻訳文が必要な国もある(翻訳文の要否については、EPOのロンドン協定(London Agreement)に関するウェブサイト3)参照)。
一旦欧州特許が付与されると、欧州特許は各国の国内特許権(本稿では、「従来型欧州特許」と称する)となり、権利存続のため、各国に毎年の更新手数料を納付する必要がある。存続させる必要がないと思う国は、1ヶ国でも複数国でも特許権を放棄することができる。
3.2 単一効特許
(1) 単一効特許の取得方法
欧州特許出願から特許付与までは、従来と何ら変わりない。すなわち、従来通り欧州特許出願を行い、権利化を目指す。
特許が付与されると、出願人は、得られる欧州特許が参加国において「単一効」を有するようにするか否かを選択することができる。単一効特許の申請は、EPOに対して行う。単一効特許の申請は、特許付与日から1ヶ月以内に行わなければならない。これは、従来型の3ヶ月の期間(3.1節参照)よりも短いので、注意が必要である。
少なくとも6年間(最長12年間)の移行期間中は、単一効特許申請の際に、特許明細書全文の翻訳文の提出が必要となる4)。特許明細書の言語が英語の場合、EUの他の公用語への特許明細書全文の翻訳文を提出しなければならない。特許明細書の言語がフランス語またはドイツ語の場合、単一効特許申請の際に、特許明細書全文の英訳文を提出しなければならない。
翻訳文の提出は必要であるが、情報提供のみを目的としており、付与後の手続において法的文書としての地位はない。移行期間終了後は、機械翻訳が使用される予定である。
既存の(付与された)欧州特許を単一効特許に変更することはできない。
もちろん、単一効特許によってではなく、現在と同様に、一部または全参加国において個別に有効化することは可能である。
単一効特許を申請した場合でも、UPC協定を(申請時点で)批准していない国やUP/UPC不参加国(非EU加盟国やUP/UPCに署名していないEU加盟国)については、個別に有効化する必要がある。
また、単一効特許を申請する欧州特許は、全参加国を指定している必要があるところ、現在係属中の欧州特許出願は、ほどんどが全EPC締約国をみなし指定しているが、2007年3月1日より前の出願の場合には、この要件を満たしていない可能性があるので、注意が必要である。
(2) 単一効特許の取得にかかる費用
EPOでの欧州特許出願、中間処理、特許付与までの手続は従来と変わらないことから、当然ながらこれらにかかる費用は従来と何ら変わりない。
EPOに対する単一効特許申請手数料は無料である。
EPOは、付与後の単一効特許の更新料を公表している5)。更新料の水準は、1ヶ国の平均更新料のおよそ4倍に相当する。したがって、欧州特許を4ヶ国以上(例えば、フランス、ドイツ、イタリアおよび少なくとも1ヶ国)で有効化したい場合、特に多くのEU加盟国で有効化したい場合、単一効特許は割安となり得る。
以下(3)にて、従来通り各国にて有効化および維持する場合と単一効特許を利用する場合の費用の比較の例をいくつか紹介する。
(3) 従来型欧州特許と単一効特許 ― 費用の比較
従来型欧州特許の有効化にかかる費用は、有効化する国の数および各国の要件(翻訳文の要否、庁手数料・代理人費用の有無等)により大きく異なる。
単一効特許は、相当数の国を1つの特許として維持することができ、各国への翻訳文の提出、手数料の納付、代理人の選任は必要ない。上述のとおり、EPOは、単一効特許はEU加盟国のうち4加盟国で有効化し、維持される欧州特許より安価であるとしている。
従来型欧州特許は、権利の維持が不要となった国で更新料を支払わないことにより、不要な支出を抑えることができる。
単一効特許を利用する場合としない場合、どちらが費用的に安価であるかは、特許出願人にとって非常に関心が高く、筆者もよく質問を受ける。それはケースバイケースであり、どちらが安価かというのは、一概に言えない。
筆者の所属先等、いくつかの欧州の特許事務所は、概算費用算出ツールをオンラインで提供している。参考までに、筆者がインターネットネット検索で見つけた概算費用算出ツールのURLを数例紹介する。なお、これらすべての算出ツールは、概算を知りたい特許出願人・特許権者にある程度の目安を示すことのみを目的としており、完全性、正確性を保証するものではない。また、各算出ツールは、別個独自に開発・作成されたものであるから、算出ツール間の整合性は問われるべきではない。
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Mewburn Ellis LLP – “Validation Costs Estimator Tool”
https://www.mewburn.com/spotlight-on-the-eu-unitary-patent-and-unified-patent-court
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Carpmaels & Ransford LLP – “UP estimator”
https://www.carpmaels.com/wp-content/themes/carpmaels/upc/up_calculator.php
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Acumass – “Unitary Patent Calculator
https://acumass.com/en/unitary-patent-calculator-compared-costs/
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Withers & Rogers LLP – “Unitary Patent comparison calculator”
https://www.withersrogers.com/knowledge-bank/unitary-patent-package/unitary-patent-comparison-calculator/
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Regimbeau – “Sim’UP”
https://unitary-patent-costs.eu/jp
また、参考までに、筆者の所属先が作成した概算費用算出ツール(上記算出ツールの1番目)を用いて、出願から20年維持した場合に有効化費用と維持費用を合わせるとどちらが安価になると予想されるかを、いくつかの例を用いて紹介する。
(4) 単一効特許を選択した場合の利点と欠点
以下に単一効特許の主な利点と欠点をまとめる。
<利点>
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普段、ロンドン協定加盟国ではない参加国の少なくとも1つの有効化する出願人にとって、移行期間中(最長12年間)の翻訳要件とコストが軽減される可能性がある。移行期間後、Google翻訳が十分に正確と判断されたとき、翻訳要件とコストが軽減される。
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普段、4ヶ国以上で有効化するのであれば、更新料が安くなる可能性がある。
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ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、オーストリア、スウェーデンを含む少なくとも17ヶ国をカバーする予定。
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単一効特許は常に統一特許裁判所の管轄下に置かれる。
<欠点>
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普段、ロンドン協定加盟国でのみ有効化する出願人にとって、移行期間中の翻訳要件とコストが増加する可能性がある。
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普段、3ヶ国以下で有効化するのであれば、更新料が高くなる可能性がある。
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UPC協定を(申請時点で)批准していない国やUP/UPC不参加国(非EU加盟国やUP/UPCに署名していないEU加盟国)は、単一効特許でカバーされないため、これらの国で有効化を希望する場合は、従来通り各国での有効化手続を行う必要がある。
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統一特許裁判所からオプトアウトすることはできない。
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更新料を削減するために、特許期間満了前に一部の国を更新しないという選択肢はない。
4. 欧州における特許関連訴訟
4.1 従来の特許関連訴訟
現在、欧州特許に関連する訴訟は、原則として、特許が効力を持つそれぞれの国で個別に訴訟を行わなければならない。例えば、ある欧州特許の有効性または侵害に関するフランスの裁判所の判決は、現在、ドイツでは効力を持たない。このような「並行」訴訟は、当事者のコストを増加させ、時には各国の裁判所の判断に一貫性が無くなることもある。
4.2 統一特許裁判所
統一特許裁判所の参加国はすべて、欧州特許と補完的保護証明(SPC)に関する裁判権を各国の裁判所から統一特許裁判所に移すことに合意している。
欧州特許の侵害や有効性に関する判決は、統一特許裁判所が下し、すべての参加国で効力を持つことになるため、並行訴訟の数を減らし、法的確実性を高めることができるはずである。
(1) 統一特許裁判所では何が争われるのか
単一効特許に関わるすべての訴訟は、統一特許裁判所で行われる。
統一特許裁判所は、参加国において、従来型欧州特許に関する侵害と有効性の問題(侵害訴訟、非侵害確認訴訟、取消訴訟)、およびこれらの特許に付与された補完的保護証明(SPC)に関する問題を決定する独占的な権限を有する。
したがって、UPC協定が発効すれば、例えば欧州(フランス)特許の取消訴訟は、フランスの裁判所ではなく、統一特許裁判所に提訴することになる。同様に、フランスでの欧州特許の侵害訴訟は、統一特許裁判所に提訴することになる。統一特許裁判所の判決は、すべての参加国に対して効力を持つ。
ただし、移行期間(最初の7年間、最長14年まで延長可能、5年後に見直しあり)は、従来型欧州特許に関する訴訟を統一特許裁判所ではなく、各国の国内裁判所で行うことが可能である。さらに、この移行期間中、欧州特許権者は、統一特許裁判所制度から「オプトアウト」(4.3節参照)することができ、欧州特許に関する訴訟は、各国の国内裁判所でのみ行えるようにすることができる。「オプトアウト」された特許は、特許権者がオプトアウトを撤回しない限り(いつでも撤回可能)、全期間オプトアウトされたままとなる。
したがって、オプトアウトは、初期段階で統一特許裁判所を回避したい特許権者にとって非常に重要である。
各国の国内裁判所は、引き続き国内特許(すなわち、EPOではなく各国特許庁に出願して付与された特許)に対する管轄権を有する。
なお、統一特許裁判所での中央取消訴訟は、単一効特許がカバーする領域での特許権の取消を望む第三者にとって利用価値があるが、欧州特許の取消手段として、EPOにおける異議申立があることも忘れてはならない。
(2) 統一特許裁判所はどこに設置されるのか
第一審裁判所は、支部(Local Division)および地域部(Regional Division)と中央部(Central Division)に分けられる。一般的に、中央部は特許の有効性に関するほとんどの事件を担当し、侵害訴訟は通常、支部・地域部で行われる。
現在のUPC協定では、中央部はパリとミュンヘンに設置されることになっている。
統一特許裁判所の控訴裁判所は、ルクセンブルクに設置される予定である。
(3) 従来型訴訟と統一特許裁判所 ― 費用の比較
従来型訴訟と統一特許裁判所、どちらが安価かというのは、読者が非常に高い関心を持つ事項であろうが、統一特許裁判所が開所していない現在、裁判費用の比較は、欧州特許の有効化および維持費用の予想・比較よりもさらに難しく、不可能である。
そもそも、従来の訴訟でも、裁判費用は、訴訟内容や、特許権者または相手方がどの国のどの裁判所に訴訟を起こすかによって、大きく異なる。
一般に、統一特許裁判所での訴訟費用は、比較的低額であるが、それでも通常の各国裁判所の訴訟費用より高額である。
例えば、侵害訴訟、非侵害確認訴訟、その他いくつかの訴訟や出願の基本手数料は、11,000ユーロである。これには、50万ユーロを超える訴額に対して2,500ユーロから始まり、5,000万ユーロを超える訴額に対して最高額325,000ユーロとなる価値基準手数料が加算される。取消の反訴については、基本手数料は11,000ユーロである。さらに、価値に応じた手数料を支払わなければならないが、これは上限である20,000ユーロまでとなる。
取消訴訟の基本手数料は20,000ユーロである。これらは第一審の費用のみである。
審判費用は、ほとんどの場合、11,000ユーロで、これにバリューベースの手数料を加えた金額となる。つまり、第一審の費用とほぼ同額である。
(4) 統一特許裁判所を利用することの利点と欠点
以下に統一特許裁判所の主な利点と欠点をまとめる。
<利点>
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欧州」における侵害のための単一訴訟(「汎欧州」差止命令の発動を含む)が可能。
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統一特許裁判所は、欧州各地から経験豊富な知的財産裁判官を集め、当初はパートタイムで任命し、各国の優秀な裁判官が統一特許裁判所と国内裁判所の両方に勤務できるようにする予定。
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特許権者は、早期に統一特許裁判所における経験を積むことができる。
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特許権者は、初期の判例法を形成できる可能性があり、特に、EU各国の国内裁判所において現在不利な法解釈に影響を与える可能性がある。
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方法クレームについて、異なる参加国で異なるステップが実施された場合、特許権者は、侵害を立証する困難性が減少するかもしれない(クロスボーダーの問題の減少)。
<欠点>
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新規の未検証の制度であることから、手続が最適化されるまでには数件、判例法が確立するまでには数年かかるかもしれない。 そのため、初期の段階では、成功の可能性や訴訟の結果を予測することは困難。
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EPOの異議申立期間が終了した後でも、中央取消訴訟が可能。
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分離審理(侵害と有効性を別々に判断すること)が可能であるため、コストの上昇や有効性と侵害のクレーム解釈の相違を招く可能性がある。クレーム解釈の相違のリスクを最小化するため、分離審理は書面審理が終了した後にのみ行われる。
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フォーラムショッピングのリスク - クレームの解釈や実体法に関して、異なる支支部・地域部が異なるアプローチを取るというリスクがある。そのため、例えば、ある支部・地域部は、他の部よりも特許権者に有利な判断を下すと思われると、特許権者は、自身に有利な判断を下すと予想されるその支部・地域部に提訴する(フォーラムショッピングを引き起こす)可能性がある。 控訴裁判所は、異なる部間の差異を最小限にするために、うまく機能する必要がある。
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既存の欧州特許は、統一特許裁判所の管轄となること(オプトイン)を選択しても、「単一効特許」にはならない。
4.3 オプトアウト
統一特許裁判所が開所すると、特許権者が「オプトアウト」しない限り、すべての欧州特許は自動的に(参加国において)統一特許裁判所の管轄下に置かれることになる。
したがって、すべての特許権者には、各欧州特許について2つの選択肢がある。
1) 何もしない(したがって、自動的に統一特許裁判所の管轄に入る)。
2) 統一特許裁判所からオプトアウトする。
オプトアウトには、次のような特徴がある。
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オプトアウトは、統一特許裁判所が開所してから最初の7年間(最長14年まで延長可能、5年後に見直しあり)しか利用できない。
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オプトアウトは、オンライン案件管理システムで管理される。
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オプトアウトは、欧州特許の存続期間中有効(オプトアウトが撤回されない限り)。
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係属中の欧州出願についてもオプトアウトを登録することが可能。オプトアウトは、特許付与されると自動的にその欧州特許に適用される。
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統一特許裁判所開所前に3ヶ月の「サンラサンライズ」期間が設けられ、所有者はオプトアウトを申請することができる。
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統一特許裁判所での手続の対象となった特許は、その後オプトアウトすることができない。
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オプトアウトの撤回(特許を統一特許裁判所の管轄下に置く)はいつでも可能。
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オプトアウトの撤回後2回目のオプトアウトは不可能。
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1回の申請で複数の特許をオプトアウトすること(「一括」オプトアウト)は可能。
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EPOに対するオプトアウト手数料は無料。
最終的には、統一特許裁判所は、参加国においてEPOが付与したすべての特許(単一効特許と従来型欧州特許の両方)に対する管轄権を有することになる。これは、最短の場合、統一特許裁判所が開所してから7年後(つまり、2030年6月以降)となる。それ以降は、統一特許裁判所を回避するためには、各国特許庁に特許出願を行う(例えば、フランス、ドイツ、イタリアにそれぞれ特許出願する)しかない。
(1) 従来型欧州特許と単一効特許、オプトアウトをする・しないで管轄がどう変わるか
表2に、単一効特許の管轄裁判所、ならびに、従来型欧州特許、すなわち、単一効特許を利用せず、各国で有効化した特許の管轄裁判所が、オプトアウトの時期によりどのように変わるかを示す。
単一効特許の管轄は、統一特許裁判所となる。単一効特許には、オプトアウトの選択肢はない(例A)。
従来型欧州特許の管轄は、移行期間中は統一特許裁判所および各国裁判所の二重管轄となる。移行期間終了後は、オプトアウトしていなければ、統一特許裁判所のみの管轄となる(例B)。
従来型欧州特許について、サンライズ期間中にオプトアウトしなければ、移行期間開始から統一特許裁判所および各国裁判所の二重管轄となるが、移行期間中にオプトアウトすれば、各国裁判所のみの管轄となり、その後オプトアウトを撤回しない限り、移行期間終了後も引き続き各国裁判所の管轄となる(例C)。
従来型欧州特許について、サンライズ期間中にオプトアウトすれば、移行期間開始から各国裁判所のみの管轄となる。移行期間中にオプトアウトを撤回しなければ、移行期間終了後も引き続き各国裁判所の管轄となる(例D)。一方、移行期間中にオプトアウトを撤回すれば(オプトインと称されることもある)、その後は統一特許裁判所および各国裁判所の二重管轄となる(例E)。移行期間終了時にオプトアウトを撤回すれば、移行期間終了後は統一特許裁判所の管轄となる(例F)。
統一特許裁判所で既に係属中の訴訟がある場合、オプトアウトすることはできない。例えば、例BおよびCのように、サンライズ期間中にオプトアウトせず、第三者から訴訟を提起された場合、オプトアウトできなくなる。これが、サンライズ期間が非常に重要である理由である。サンライズ期間は、第三者が統一特許裁判所開所後直ちに訴訟(例えば、取消訴訟)を提起する前に、特許権者にオプトアウトを保証するものである。
(2) オプトアウトをすべきか
上記(1)で説明したように、オプトアウトは、すべきかどうかのみならず、いつするかも重要な問題である。リスク管理、信頼性、コスト等、様々な要因を検討する必要がある。
例えば、上述のとおり、サンライズ期間中のオプトアウトは、単一効特許がカバーする全域での取消(中央取消)を回避することができるから、中央取消のリスクが高い場合には、サンライズ期間中にオプトアウトすることを検討すべきである。
他にサンライズ期間中のオプトアウトを前向き検討すべき特許としては、重要特許である、補完的保護証明(SPC)を取得済・予定である、脆弱な特許である、EPOで異議申立されている、関連特許(バックアップ)がない、等が挙げられる。
一方、各国裁判所の傾向も考慮すべきであろう。例えば、多くの欧州特許が、ドイツとイギリスで進歩性欠如を理由に無効とされる傾向がある。
重要度の低い特許や分割出願の場合は、おそらくオプトアウトしなくても支障がないだろう。
方法特許は、強化された権利行使の恩恵を受けることができることから、統一特許裁判所の方が有利であるという意見もある。
特許の有効性に問題がないのであれば、中央取消のリスクが低いので、オプトアウトする必要性は低いだろう。
特許の属する技術分野や産業の特殊性も考慮すべきである。
サンライズ期間中のオプトアウトが重要であるケースもある一方、移行期間中のオプトアウトが可能であることから、まずは様子を見るというのも考慮すべき重要な選択肢である。
様々な情報を得てから、オプトアウトすべきか否かを決定する方が、自身が保有する特許により良い選択をすることができることもある。
例えば、まずは統一特許裁判所に仮処分を請求し(仮処分によりオプトアウトができなくなることはない)、仮処分が認められない場合、請求を取り下げれば、相手方には通知されないので、その後オプトアウトすればよい。この手段は、オプトアウトした後にオプトアウトを撤回し、統一特許裁判所で訴訟が開始された場合には不可能である。
製品に関する特許は、分割出願をして一方をオプトアウトし、他方をオプトアウトしないことにより、多様な有効化戦略が可能になる。
なお、UPC協定は、同一発明に対する単一効特許と国内特許による「二重の特許保護」の問題には言及していない。従来型欧州特許と単一効特許の両方について、このような二重保護を認めるか否かは、国内法の問題である。
例えば、ドイツ国内特許は、オプトアウトした従来型欧州特許と同じ発明をカバーする限り、効力を失うが、ドイツ国内特許とオプトアウトしていない従来型欧州特許の二重保護ならびにドイツ国内特許と単一効特許の二重保護は、許可される。フランスでは、ドイツと同様の法改正により、国内特許とオプトアウトしていない従来型欧州特許および単一効特許の二重保護が認められる。
複数の国で侵害があった場合、汎欧州的な権利行使が明らかに有利である。特に、統一特許裁判所での国境を越えた権利行使が非常に有用であり得る。例えば、複数のステップを含む方法特許の場合、現在、効果的な法的保護が存在しない、あるいは迅速な法的保護が存在しない国において、統一特許裁判所の判断が役に立つかもしれない。統一特許裁判所を通じた権利行使の可能性があれば、潜在的な侵害者の意欲を削ぐことができるかもしれない。
一方、複数の国で権利行使する必要がなければ、オプトアウトすることにより、競合他社が国毎に有効化された欧州特許に対処しなければならないため、競合他社の自由実施がより困難になる可能性がある。
さらに、オプトアウトをより前向きに検討する場合として、判例が確立していない統一特許裁判所で争うのは好ましくない場合、複数の国で訴訟を行うための費用が問題とならない場合がある。また、オプトアウトの撤回が可能である(一度だけ)から、まずはオプトアウトして、後に撤回するという方法もある。
逆に、オプトアウトしない方が明らかに良い場合もある。例えば、統一特許裁判所を試してみたい場合、事件の早期解決を望む場合(統一特許裁判所は12ヶ月以内に第一審の判決を出すことになっているので、各国裁判所での手続に比べて早い)、特に特許ポートフォリオが大きい場合(サンライズ期間中に全てのオプトアウトを行うのは非常に負担が大きい)が考えられる。
他にも、複数国での訴訟となると、各国で信頼できる代理人を見つけるのが困難で、訴訟関連書類の内容を理解するために翻訳が必要等、煩雑なことも多い。統一特許裁判所であれば、日頃懇意にしている代理人に依頼することができる可能性が高く、特許明細書が英文であり、英語で特許が付与されていれば、統一特許裁判所の手続言語は英語となる。これらを考慮すると、オプトアウトしない方が好ましい場合もある。
5. 単一効特許・統一特許裁判所 ― まとめ
(1) 単一効特許
出願・審査段階については、従来型欧州特許出願から変更はない。特許付与の段階で単一効特許という選択肢が増える。
従来型欧州特許にある各国での有効化という選択肢は引き続きあり、UP/UPC不参加国の場合、それが唯一の選択肢となる。
UP/UPC参加国17ヶ国には、単一効特許という選択肢が増える。
(2) 統一特許裁判所
単一効特許の管轄は、統一特許裁判所となる。
従来型欧州特許は、オプトアウトの選択肢がある。
移行期間が終了すると、統一特許裁判所は、従来型欧州特許についても排他的管轄権を有する。
移行期間が終了すると、オプトアウトはできなくなるが、既にオプトアウトされた従来型欧州特許は、オプトアウトが撤回されない限り、引き続き各国裁判所が専属管轄となる。
移行期間終了後に、UP/UPC参加国での権利化は希望するが統一特許裁判所は回避したい場合は、欧州特許出願ではなく、各国特許庁に特許出願を行う (例えば、フランス、ドイツ、イタリアにそれぞれ特許出願する)。
UP/UPC不参加国で有効化された欧州特許の管轄は、従来通り各国裁判所となる。
6. Brexitの単一効特許・統一特許裁判所への影響
2020年12月31日、イギリスはEUから離脱した。また、2020年7月20日、イギリス政府は議会に対する声明で、統一特許裁判所プロ
プロジェクトからのイギリスの離脱を正式に確認した。したがって、Brexit前に計画されていた統一裁判所中央部のロンドン設置はなくなり、単一効特許がイギリスをカバーすることもなくなった。
なお、統一特許裁判所プロジェクトからは脱退(およびEUから脱退)したものの、イギリスはEUとは別個の組織であるEPCの締約国であることに変わりはない。したがって、欧州特許庁が付与する欧州特許は、他の非EU加盟国であるEPC締約国と同様、引き続きイギリスでの有効化が可能である。
7. おわりに
単一効特許・統一特許裁判所制度開始により、特許権者は、発明を保護するための新たな選択肢とさらなる柔軟性を手に入れることができる。両制度開始により、貴重な柔軟性が増えることになるが、選択肢が複雑であり、異なるリスクがあることから、慎重に選択する必要がある。本稿が、これらの新たな決断を下す際に、特許権者にとって最適な選択肢を選択する一助となれば幸いである。
注 記
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Unified Patent Court、News: https://www.unified-patent-court.org/en/news
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Unified Patent Court、Adjustment of the timeline ‒ Start of the Sunrise Period on 1 March 2023: https://www.unified-patent-court.org/en/news/adjustment-timeline-start-sunrise-period-1-march-2023
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Agreement on the application of Article 65 EPC – London Agreement: https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/london-agreement.html
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Translation arrangements and compensation scheme: https://www.epo.org/applying/european/unitary/unitary-patent/compensation.html
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European Patent Office、Cost of a Unitary Patent
参考ウェブサイト
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European Patent Office、Unitary Patent & Unified Patent Court: https://www.epo.org/applying/european/unitary.html
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The Unified Patent Court: https://www.unified-patent-court.org/
執筆者の所属機関名、職名
- Mewburn Ellis LLP 弁理士
This blog was originally published in the Intellectual Property Management, Vol. 73, No. 3, pp. 299-311 (2023).